[林信吾]【最後は国が本当になんとかしてくれる、のか?】~福祉先進国の真実 1~
Japan In-depth / 2015年7月24日 18時0分
今月初め、71歳の男性が、東京から新大阪へ向かう新幹線の車中で焼身自殺した。巻き添えで無関係の女性が命を絶たれており、JRも多大な損害を受けたためであろう。当人に同情的な声は、まったくと言ってよいほど聞かれない。当人が生前、年金だけでは生活できない、と周囲に語っていたそうだが、世間の反応は、「高齢者は皆、少ない年金で苦労して生きているのだ」といったところであった。
事実として、それはその通りであろう。また、理由がどうであれ、他人を巻き添えにするような手段による自殺など、許されるものではない。スペインでは、かつて反政府テロでしばしば標的とされた経験から、長距離列車のホームでは、空港によくあるエックス線装置で手荷物を調べられる。他のヨーロッパ諸国でも、武装警官が車中に立ち入ってくることがよくある。日本でもそろそろ、ああいったセキュリティーを導入すべき時期なのか、などとも考えたが、新幹線の利用客数を考えると、現実的ではないのかも知れない。
ただ、今次の容疑者(放火であり、れっきとした犯罪である)に、高齢者を困窮させる社会に対する抗議の自殺、といった意図があったのだとすれば、いずれ同様の事件が繰り返される可能性は、高まりこそすれなくなりはしないのではないか。やはり、安全対策の強化は急務であると考える。それ以上に重要なのは、困窮のあまり自暴自棄になるような高齢者を出さないことだ。
このように述べると、生活が満ちたりていても自死を選ぶケースはあるではないか……といった反論を受けたりする。もう少し具体的には、福祉国家と称されている北欧で、高齢者の自死率が高いのはどういうわけだ、というように。ただ、日本では自殺に至る人が毎年3万人前後もおり、その理由の多くが生活苦である、というデータは、やはり無視できない。福祉の不備、あるいは劣化と、犯罪や自殺に走る高齢者の問題は、やはり切り離して考えるべきではない。今は現役で、相応の所得を得ている人たちでも、明日は我が身、ということもあり得るのではないか。
そこで今回は、かつて「ゆりかごから墓場まで」と言われた福祉先進国であった英国をモデルケースに、医療・年金・福祉、そしてその財源の問題についてレポートしてみよう。
まず結論を申し上げる。英国の高齢者は、日本よりはるかに恵まれている。もちろん、個別具体的には、高齢のホームレスもいるし、孤独死のケースもある。一方では、60歳になると、公共交通機関をはじめ大半の社会的サービスが無料となるので、標準的な年金生活者は、日常生活に支障を来すような困窮は、まず味わうことなどない。むしろ、年に一度くらいは海外旅行を楽しめるのだ。
なにより、病気になった時の備え、といったことを考える必要がない。この国では、医療は基本的に無料だからだ。日本では、1000万円近く貯蓄があっても、高齢者夫婦の場合、いずれかが病気になったら生活が崩壊してしまう、といったケースがままある。医療費が高額である上に、年金は削られ、医療の無償化とは真逆の方向に進んでいる。別の言い方をすれば、「働けなくなっても病気になっても、最後は国がなんとかしてくれる」といった安心感を得られる福祉国家にはほど遠いのだ。
次週は、英国の医療が無料化された経緯や、その後の論争、問題点まで、できるだけ簡潔にお伝えしようと思う。
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