[林信吾]【英、医療の進歩が財政のネックに】~高度福祉国家の真実 4~
Japan In-depth / 2015年8月13日 18時0分
英国は医療費が無料である。対してわが国は、特に高齢者の場合、家族の誰かが重篤な病気になったなら、即座に生活が破綻の危機に直面する可能性が大である。しかしながら英国の医療も、厳密に言えば無料とは言い切れず、本当は、高額の税金によって支えられる「高福祉・高負担」のシステムなのである、と前回述べた。
別の問題も、見ておかなければならない。戦後歴代の英国政府は、医療費の負担を少しでも減らそうと腐心してきた。そうせざるを得なかった、と言うべきか。
1947年に、当時の労働党政権によってNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)が誕生し、言わば公営の医療がスタートしたわけだが、当時の医療水準は現在と比べものにならず、負担もまた、人件費と薬代以外、大したものではなかったのである。
もう少し具体的に述べると、一台が数千万円もするMRIなどの高度な医療機器は普及しておらず、医師の技量も、今ほど専門分野に特化されていなかったため、治療のコストも格段に低かった。ところが、医療技術の進歩とともに、コストも増大し、語弊を恐れずに言うならば、「カネのかかる患者ほど、なかなか死なない」という事態が現出したのである。さらには、重篤な病気でもなんでもないのに、病院にかかる人も増えてきた。日本のように、病院のロビーが地域の高齢者のサロンと化す、というほどにはひどくなかったようだが。
このためNHSは、地域ごとにGPを配し、地域住民を登録制にして、GPの紹介なくしては病院にかかれないシステムとなった。GPはジェネラル・プラクティッショナー、すなわち一般開業医の意味だが、最近わが国では「かかりつけ医」と訳されて、同様の制度が一部導入されている。体調不良になった場合、まずは自分が登録しているGPの門を叩き、紹介状をもらってからでなければ、病院には行けない。下痢が続いても胃腸の専門医にかかれず、耳鳴りがしても、耳鼻科に直接行くことができないのだ。
特に、GPが「大したことはない」と診断したような場合は、2週間後にもう一度来て下さい、などと言われて帰されることが、ままある。2週間後に、まだ症状が改善されないような場合、病院に紹介状を書いてもらえるが、そのアポイントメントが3~4週間先であったりと、恐ろしく気の長い治療となってしまう。
それでも病気が治ればよいのだが、治療の順番待ちをしている間に容態が急変するようなことだって、ないとは言えないわけで、そうなったら「タダほど高いものはない」では済まされない話だ。もちろん、救急車を呼ぶという手はあるが。
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