【英、無償の医療は「クラウンジュエル=家宝」】~高度福祉国家の真実 5~
Japan In-depth / 2015年8月21日 11時0分
1947年にNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)が設立されたことにより、英国は医療費が無償という国になったわけだが、医療コストの高騰を主たる理由として、今や「制度疲労」とも呼ぶべき状態に陥りつつあるのだと、ここまで述べてきた。それでもなお、英国では「医療自由化」もしくは「民営化」を主張する内閣は、今まで誕生していない。
1945年にチャーチル保守党を破って政権の座に着き、NHSを起ち上げた労働党アトリー政権は、1950年の総選挙(英国下院議員の任期は5年)で保守党に敗れ、野に下ることとなったが、政権を奪回した保守党も、NHSに手は付けなかった。これは、英国民の多くが、無償の医療は善政の恩恵などではなく、納税者として当然の権利だと考えるようになったからであると、衆目が一致している。その後も英国では政権交代が繰り返され、端的に言うと、1979年に保守党サッチャー政権が成立するまで、労働党の6勝4敗となっていた。
このように、いつでも政権を担当できる強い野党が存在するので、保守党・労働党のいずれが政権の座にある時でも、あまり強権的なことはできなかった。おそらくこれも、福祉国家の理念が保たれた理由のひとつだろう。しかし、英国憲政史上初の女性首相となった、マーガレット・サッチャーという政治家は、こうした「コンセンサスの政治」を真っ向から否定する存在であった。
当時この国が、インフレ、頻発するストライキ、非効率的な生産環境、総称して「英国病」と呼ばれる状況にあったことは事実だが、サッチャーが施した「治療」とは、劇薬の大量投与か、ショック療法のごときものであったと言える。思い切った緊縮財政と、マネタリズムによってインフレを退治し、同情ストや山猫ストを非合法化して労働組合を追い詰め、特に炭鉱労働組合に対しては、大規模なリストラをもって真っ向から対決を挑んだ。
こうした一連の改革は、たしかに英国経済を活性化させ、わが国のマスコミも「サッチャー革命」などと誉めそやしたが、その陰で「反革命」でもなんでもないのに、甚大な被害を受けたのがNHSであった。
医療や清掃といった社会サービスは、それ自体がなにかを生産するわけでもなければ、大勢の人を楽しませるわけでもない。大胆な「民活路線」を軸とする新自由主義によって英国経済をよみがえらせる、との理念に立つサッチャー政権にしてみれば、そんなものに巨額の税金を注ぎ込み続けるのは無駄だと思えたのだろう。結果、医療関係者の報酬は大きく削減され、看護師などの大量退職という事態を招き、それが人手不足に拍車をかけて、ますます労働環境が厳しくなる、といった悪循環に陥ったのであった。
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