[林信吾]【アリとキリギリスと新自由主義】~高度福祉国家の真実 9~
Japan In-depth / 2015年9月18日 11時0分
子供の頃、アリとキリギリスの話は、一度くらい聞かされたことがおありだろう。もともとはギリシャで作られた寓話で、一節によると、もともとは「アリとセミ」だったのだが、ヨーロッパ北部に伝わった時、改変されたそうだ。たしかにセミは、暑い土地を好む生き物で、ヨーロッパ北部ではあまりなじみがない。
あまりにも有名な話なので、ここであらためて内容を紹介することはしないが、数年前、私の古い友人で、国際結婚して今も英国で暮らしている日本人女性から、こんな話を聞かされたことは、今でも印象に残っている。
「うちはまさしくアリのように、せっせと働いて貯蓄に精を出してきました。でも、この国では、アリが必ずしもハッピーエンドになるとは限らないんですね」
具体的に、どういうことか。
英国では、年老いた親の面倒は子供が見るべき、という考え方はない。子供が一人前になったら家を出て、家族が離散してしまうというのが、むしろ一般的なあり方だ。女性初の東大名誉教授である仲根千枝女史の『家族を中心とした人間関係』(講談社学術文庫)には、英国では17世紀以前から、家族とは基本的に夫婦のことであった旨が記されている。
そうした次第なので、英国人は年をとって働けなくなると、公営のケアホーム(老人ホーム)に入居することが多い。費用は、介護付きホームの場合、月額2200~2700ポンドと、かなり高い。介護なしの場合は3割方安くなるが。ただ、資産がない人の場合は、全額公費でまかなってもらえる。
一方、22,250ポンド以上の資産がある人は全額自己負担、12,500ポンド以上の場合は一部負担となる。資産には不動産も含まれるので、とどのつまり持ち家に住んでいる人は、自宅を売却してホームの入居費用を工面することになるのだ。そして、預金を崩しつつ費用を負担して行くと、最終的にはお葬式代くらいしか残らないケースがほとんであるという。
せっせとローンを払ってマイホームを買った中産階級はアリ、稼いだカネはぱっぱと使って(あるいは、ろくに稼ぎもせずに)年を取った人たちはキリギリス、と考えれば、今回私が言わんとするところは、容易にご理解いただけよう。事実、「老後に備えて貯蓄するより、今の生活をレベルアップさせたい」と考える英国人は、景気動向に関係なく、常に半数近くを占めていることが、各種の世論調査によって明らかになっている。
高福祉・高負担の理念に基づく福祉政策の恩恵により、老後の不安がどこかの国に比べて非常に小さいのは結構なことなのだが、問題は「高負担」の部分が、頑張って資産を築いてきた中産階級に偏りすぎており、彼らが感じる不公平感は、今や政治的安定を脅かしかねないところまで高まってきていることだ。移民排斥やEUからの離脱を主張する極右派の台頭は、そのひとつの現れだと考えてよいだろう。
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