[神津伸子]【夢のマウンド 慶大・唯一無二の女子野球部員】~川崎彩乃選手のラストシーズン~
Japan In-depth / 2015年10月30日 20時15分
あこがれの神宮球場のマウンドは、とても近くて、遠かった。
東京六大学野球秋季リーグは、31日からの早慶戦を残すのみ。優勝の行方は早慶明の三つ巴で、ヒートアップしている。最上級生がラストシーズンを迎える秋は、やはり特別だ。
慶應義塾大学体育会硬式野球部、唯一無二の女子選手・川崎彩乃投手もその一人。同期の横尾俊建や山本泰弘がドラフトに指名がされる高いレベルの中、男女の差なく、ここまで走り続けて来た。
今月24日神宮球場、子供の頃から夢に見て来た憧れのマウンドに立つことが出来た。法大−明大戦の1回戦の始球式に登板。東京六大学野球連盟は創立90周年を迎え、毎週OBが投げているが、その一環だった。
127年の歴史と伝統を誇る慶大野球部で初の女性選手、身長157センチの右腕が投げ込んだのは96キロの直球。打者の内角低めを鋭く突いた。自己MAXは110キロ。「憧れのマウンドに立てて感無量。集大成と思い、全力で投げた」
緊張でいっぱいだった表情は、投球後、いつものキラキラの笑顔に戻った。
父親の影響で始めた野球と剃刀シュート
川崎は幼稚園のころから、家の前の路地や近くの公園で、父と暗くなるまでキャッチボールをしていた。宇都宮で少年野球チームに入り、最初のポジションは外野手だった。秋田、横浜と転居。野球に対する姿勢は変わらなかったが、ポジションは監督の判断でその後、ピッチャーに変わった。
全ての高校球児の憧れである甲子園のマウンドに、女子選手は立てない。そ女子硬式野球の強豪、駒沢学園女子高校(東京)に進学。元巨人軍の西本聖投手がコーチに同校を訪れ、直伝の剃刀シュートの指導も受けた。2009年、“女子の甲子園”全国高校女子硬式野球選抜大会で準優勝。最多勝利をあげ、ベストナインに選ばれた。
しかし、女子野球を続けるのではなく、中学時代からの憧れのグレーのユニフォームを着ることを選んだ。
「甲子園がダメなら、神宮のマウンドに立ちたい」
熱い思いを乗せて一浪の末、慶大に合格。しかし、まだここから高いハードルがあった。伝統ある同校では、過去女子部員はいない。長い六大学の歴史の中でも、東大と明大に1名ずつ在籍したのみだ。
神奈川県日吉野球部の練習グラウンドがある。そこに隣接した合宿所。この合宿所には、ベンチ入り候補のAチームの選手28人だけが、寝泊り出来る。その監督室で、2011年11月、当時の江藤省三監督、野球部長、OB会長と面談。
川崎は真っ白いユニフォームでのぞんだ。
「普通であればフォーマルな格好で臨むべきだったのですが、『もしかしたら断られるかもしれない…そしたらせめて自分のピッチングを見てもらってアドバイスを頂き、次に繋げよう』との思いで。江藤監督はそんな私に面喰らった様子でした」
「どうしても、慶應で野球がやりたくて、頑張って勉強して、合格しました」と、必死に川崎はアピール。
江藤元監督は振り返る。
「いやー、あの時は、正直、どうしようかと戸惑いましたが、一緒に面接していた部長が、『塾の精神から、これは断ってはいけないでしょう』と提案して来た」
江藤元監督はそれでも、まだ納得がいかなかった。
「ご両親は、ご存じなのか?」
すると、川崎の両親は、野球部合宿所の外に待機していたので、すぐ、部屋に飛び込んで来たという。
「4年間頑張れ」と、監督も決断を下した。
自ら手を挙げたラストシーズンのボールボーイ、そして
とはいえ、200人を数える、強豪チームの中でベンチ入りは至難の業だ。良く、周りに「女子一人でつらいだろう」と、聞かれる。川崎は、「自分ではなく、周りが大変だったと思う。私一人だけランニングのタイムが切れず連帯責任で走り直させられたりしました。女子扱いされることもなくここまでやって来ました」
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