EU−トルコ 難民巡る矛盾した合意
Japan In-depth / 2016年4月3日 0時0分
久峨喜美子(英国オックスフォード大学 政治国際関係学科博士課程在籍)
執筆記事|プロフィール
3月上旬からブリュッセルで開催さていた首脳会談において、EU-トルコ間で難民の規制に関する合意が得られてから2週間程経つ。トルコとギリシャ間の国境監理を強化することで、EUはヨーロッパ諸国に押し寄せる難民の波をどうにか食い止めたい意向だ。
2015年から続くこの戦後最大級の難民の波を観察しながら、ヨーロッパの価値とは何なのか、改めて思いを巡らす。2000年代初頭、英国ケント大学イアン・マナーズ教授の提唱したヨーロッパの規範的パワー。これは簡単に言えば「どうあるべきか」(what ought to be)という、法の支配、自由や基本的人権といった価値に基づくヨーロッパ的なアイデンティティを示す概念である。21世紀に突入する中、国際社会の中でのヨーロッパの立ち位置を熟考した理論家がひねり出したコンセプトとも言える。しかしこうしたヨーロッパのアイデンティティは、大量の難民を前に早くも崩壊しつつあるのではないだろうか。
先日EU-トルコ間で結ばれた合意はまさに、苦し紛れにヨーロッパの規範を保持しようと理想的な文言を掲げているようにしか見えない。EUはシェンゲン協定に基づく自由移動の一部規制を将来的に回復し、これまで通り難民手続きに関する行政処理を行う。トルコ側はギリシャ諸島から送還される難民を受け入れることで、経済援助とトルコ市民のビザなしでのヨーロッパ諸国への渡航を得た。
死刑制度やクルド人への迫害など、これまでさんざん非難されながら今や「安全国」となったトルコへ、4月4日以降エーゲ海というルートを経たれた難民は、たった3日の難民申請手続きを経てギリシャからトルコへと返されることとなる。
EUにとってもトルコにとっても合意内容としては表向きwin-winになっているが、現実を鑑みればファンタジーに近い。というのもたった3日で難民手続きを済ませられるような制度的なキャパシティが現在のギリシャにあるわけもなく、一方で難民手続きにおいては国際難民法を遵守しなければならないからだ。
国際法を遵守した難民保護を積極的に考慮する意思があるのも、加盟国の中ではドイツぐらいだろう。また急遽「安全国」となったトルコが、上記のヨーロッパ的価値を根本的に分かつ「安全国」と言えるのかは大きな疑問である。周知の通り2年間の停戦協定を破り、昨年からシリアとのつながりを持つトルコのクルディスタン労働者党とトルコ政府間の緊張状態は続いている。そうした緊張状態の中で、トルコがどのように送還されてくる人々を保護するのかという点についても曖昧なままである。
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