マイナス金利、金融市場の理解不十分
Japan In-depth / 2016年5月15日 18時0分
神津多可思(リコー経済社会研究所所長)
「神津多可思の金融経済を読む」
日銀によるマイナス金利政策の実施を契機に、非伝統的政策の効果に対する懐疑論が強まったように見える。マイナス金利政策は、ここまでの非伝統的金融政策の限界を打ち破るものとして始まった。にもかかわらず、それを契機に「金融政策だけで日本経済が本当にデフレから脱却できるのか」という根本的な疑念が強まっているとすれば、まったく皮肉な展開だ。
政策とは、字のごとく政(まつりごと)の策であり、理(ことわり)の論とは自ずと異なる側面があるものだと思う。洋の東西を問わず英雄として名を残している将たちの戦いぶりも、そのすべてが体系だった軍略論の教える通りではない。一国の経済が困難に直面している時、動くか動かないかはまさに政策の話であり、純粋な理論が示すものとはまた違ったものになることも多い。
非伝統的金融政策に関して言えば、政策金利を操作するという伝統的な手段が尽きてしまった状況にあっても、さらにアクションをとるという政策上の判断に基づくものだ。それがいいか悪いかは、結局のところ結果次第だ。しかしその結果が当初の期待とは違うから、アクションをとったことの是非自体が疑われるというムードなのだとすれば、そこには議論の飛躍があると考える。もし非伝統的政策の強化に踏み切らなかった場合、日本経済はどうなっていたであろうか。その想定と現状を比較することこそが、非伝統的金融政策の効果についてフェアな議論である。
もともと、非伝統的な金融政策の効果が伝統的なものと比べ相対的に小さく、かつ減衰していくものだということは、理論的には最初から見えていたはずだ。そういう非伝統的金融政策を少しでも効果あるものとするためにも、「期待に働き掛ける」という面が強調されたのであろう。しかし、短い期間ならともかく、数年というより長い時間の流れの中では、気持ちさえ変わればうまく行くというようなストーリーに対し懐疑心が強まっても致し方ない気もする。腰を据えてデフレに逆戻りしない経済にしていくためには、経済主体の多くが納得するロジックが一層重要になるということだろう。
そういう困難な状況にあっても、「政」の策としてアクションを取り続けるべきとの判断は排除されない。アニマル・スピリットとも呼ばれるマクロ経済の血気が著しく損なわれると、沈滞の底から平常に戻るまで長い時間がかかることは、近代の先進経済の歴史が示す通りだ。そうした調整コストのより大きいパスに入っていくことを食い止めることができるなら、追加的なアクションが十分ペイする可能性がある。
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