『忠臣蔵』はテロリズムである ネオ階級社会と時代劇その2
Japan In-depth / 2016年5月23日 15時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
私はノンフィクションや評論・エッセイだけでなく、小説も書く。
一番長いものは、軍事ジャーナリストの清谷信一氏と共著でものした『真・大東亜戦争』で、ノベルズ版全17巻(電子版は全18巻)。発行は2001年から2004年にかけてだが、ワニノベルズの最長不倒記録となっている。
お読みいただければ分かることなのだが、著者の側には、戦争を賛美はもとより、肯定する意志は毛頭無い。
にも関わらず、戦争をエンターテインメントにしてよいのか、といった批判ないし疑問の声は、結構あちこちから頂戴した。憤慨した清谷氏が、
「じゃあ、NHKの大河ドラマもいけないんですかね」
と語っていたのが今でも印象深い。
たしかに、時代劇と言うからには、チャンバラや合戦シーンがあった方が理屈抜きに面白いと考える視聴者は決して少なくない。
『水戸黄門』にしたところで、あんなもの現在の価値観を当てはめれば、ボディガードを引き連れて全国を漫遊している了見の知れない爺さんが、突如として「葵の御紋」などという、軍事独裁政権の権威を持ち出して、たかだか田舎の小悪党を土下座させる話ではないか。戦争小説を愛読するのがいけないと言うのなら、あのドラマのファンは一人残らず軍国主義者なのか。
逆に『忠臣蔵』など、これまた現在の感覚で言うならば、どう考えてもテロであろう。これもこれで異論噴出となりそうだが、ちょっと考えてみていただきたい。
理由がどうであれ、厳粛であるべき殿中で抜刀し、目上の高齢者に斬りかかったのは浅野内匠頭の方である。当時の法律に則って切腹に処せられたのは、なんら不当ではない。
これを逆恨みして、かつて幕府の要職にあった人物の自宅を大人数で襲撃し、殺害に及んだというのが事件の本質であろう。これをテロと呼ばずしてなんと呼ぼうか。
『水戸黄門』と『忠臣蔵』には実はもうひとつ共通点があって、どちらも史実に立脚してなどいない、ということである。
「黄門様」のモデルとなった水戸光圀公は、そもそも水戸を離れて生活したことがないし、『忠臣蔵』は大部分がフィクションだということは、日本史を少し勉強した者にとっては常識だと言ってよい。
問題は、なぜこのような「歴史の歪曲」を行ってまで、架空のヒーローを生み出さねばならないか、ということである。
ひとつ考えられるのは、人間もやはり動物であり、闘争本能や征服欲を備えている、ということだ。
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