私が見たクラース(階級) ネオ階級社会と時代劇その5
Japan In-depth / 2016年6月5日 3時3分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
ロンドンで10年ほど暮らしたが、結構早い段階から、この国ではクラース(階級)というものが、日本では考えられないほど重い意味を持っているのだな、と感じていた。
ロンドンの代表的な社交場と言えばパブだが、これはパブリック・ハウスの略で、日本で言えば赤提灯に当たる大衆的な飲み屋である。
そんなパブにさえ、入り口が2カ所ある。店内も仕切られていて、どちらもカウンターから飲み物が供されるのだが、一方は立ち飲み用のテーブルがいくつかと、あとは木製のスツールがいくつか置かれているだけ。もう一方は、ちゃんとソファがあったりする。このように紹介すると、それはおそらく料金が違うのだろう、と思われる読者が、日本ではおそらく多いのではないだろうか。そうではない。
実は、パブのもっとも一般的な姿がこれで、労働者階級向けのバーと、中産階級向けのサルーンとに分かれているのである。上流階級はどうなのかと言うと、彼らは会員制のクラブで、つまりは自分と非常によく似たバックグラウンドを持つ仲間と飲むのがもっぱらで、パブに行かないわけではないが、どちらかと言うと「おしのび」に近い感覚であるようだ。
もちろん今では、いや、私がロンドンで暮らした1980年代から、すでにその傾向は見られていたが、このような、一種の差別とも受け取られかねない階級間の分け隔ては、どんどんなくなってきていた。パブにしても、入り口は相変わらずふたつあっても、店内の仕切りが取り払われた店が多かったし、誰がどちら側に入ろうが、トラブルになるようなことはなかった。
しかし、完全になくなったわけではなかったようだ。ある日本企業の駐在員からは、地方都市に出張して、一仕事終えた後、せっかくだからパブで一杯、と思って足を踏み入れたのがバーの方で、店内にいた男が、
「あんたはあっちだ(サルーンの方へ行け)」
と言ってきたという話を聞かされた。日本人はどうだとか、そういったトラブルではなかったのだが、英国の労働者の感覚では、スーツにネクタイという身なりでは,バーで飲む資格はない、ということになるらしい。逆に、金融街として有名なシティのパブでは、「つなぎの作業服・安全靴での入店はお断り」という貼り紙を見たこともある。
日本人選手の活躍もあって、イングランドのサッカーは今やわが国でも注目の的だが、かの国では、サッカーに熱中するのは労働者階級で、中産階級はラグビーやクリケットを好むとされている。他にもこうした例は枚挙にいとまがないが、いずれもステレオタイプであって、現実には例外も多い。とは言え、「階級をひとつ上がるには3世代かかる」などと言われ続けていることも、また事実なのだ。
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