安倍首相は議論から逃げてはならぬ 知られざる「王者の退位」その2
Japan In-depth / 2016年8月21日 23時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
今回も、恐縮ながら読者諸賢には釈迦に説法であろう事柄から話を始めねばならない。
天皇とは国民統合の象徴であると定め、その地位は「国民の総意」に基づくとしたのが日本国憲法であるが、これを素直に読む限り、ならば国民がこぞって退位を認めたならば、それでよいではないか、ということになる。しかし実際に憲法学者に話を聞いてみると、このような解釈は、学術の世界においては、絶無とまでは言わないが、まともに相手にされていないようだ。
たしかに「多数決=総意」と割り切ってしまうのは、いかにも乱暴な話で、そもそもなにをもって総意とするのか、という論点がクリアされない限り、現行憲法下でも退位は可能、という解釈は「無理筋」になるだろう。
いささか杓子定規な解釈をするならば、憲法それ自体に改憲条項がちゃんと定められているのだから、その手続きをきちんと踏みさえすれば、それは「総意」と認めてよい。
今の国会で、いわゆる改憲勢力が3分の2の議席を占めているわけだから、改憲の発議は可能である。そして、示された新たな憲法が国民投票で過半数の信任を得られるという前提で、そこに退位の規定が盛り込まれていれば、話はそれで終わりなのだ。
ただ、退位というのは一般的に、国王やローマ教皇のような地位に対してのみ使われる言葉だということは、理解しておかねばならない。
端的に、わが国の企業社会にあっては「XX社の天皇」と称されるような経営者が複数いるが、そのような人物が後進に道を譲ったような場合、誰もそれを退位とは呼ばない(社内ではどうか知らぬが)。たとえ日本経済に大きな影響を与えかねないような人事であったとしても、所詮は一民間企業の問題に過ぎないのだ。
言い換えれば、退位の規定を憲法に盛り込むべきか否かを突き詰めて行くと、あらためて天皇を元首と規定すべきか、という問題に突き当たらざるを得ないのである。少し話を戻すことになるが、現行憲法下における象徴天皇について、退位が認められるとする解釈が、憲法学者の間ではごく少数にとどまっている理由も、これでお分かりだろう。
象徴天皇とは、たとえば国費で生活を保障されると言った特権を与えられている反面、憲法が保障するところの基本的人権も一部制限されている。選挙権もない。しかも、世襲の地位である。これを要するに、天皇の地位と、地位に伴う義務や責任は、憲法上いずれも終生のものであって、私の知り合いの憲法学者の言葉を借りれば、「お気の毒ではあるけれども、ご自分の出処進退を決める権限は付与されていない」とする解釈が多数派というのが現状なのだ。
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