「王冠を捨てた恋」と昭和天皇 知られざる「王者の退位」その3
Japan In-depth / 2016年8月22日 11時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
天皇の生前退位という話題は、突如として持ち上がったかのような印象を受けるが、報道を子細に読むと、前々からヨーロッパの王室の事情などを研究されて、今次の「お考え」をまとめるに至った、ということであるらしい。これで、どうしても思い出されるのが、英国王室において歴史的な椿事とされる「王冠を捨てた恋」である。
1936年1月20日、時の英国王ジョージ5世が逝去した。これにより、長男がエドワード8世として即位したわけだが、王位継承それ自体は、ほとんど自動的とも言える手続きでなされる。「王位の空白期間」があってはならない、というわけで、日本の皇室もこの点はまったく同じである。
このエドワード8世は、洒落者として知られ、学生や労働者と直接言葉を交わし、時には議論するのが大好きという人柄から、「不世出の王室スポークスマン」とまで言われていた。ところが、問題がひとつあった。ウォリス・シンプソンという、離婚歴がある米国人女性との関係を清算できなかったのである。
この関係について、真っ先に反対したのが英国国教会で、「離婚歴のある女性は王妃になれない」との声明をいち早く発表し、政治家や貴族の多くも、「王位をあきらめたくないのであれば、彼女をあきらめてもらう他はない」との意見を述べ、また、国王もそういう選択をするに違いない、と考えていた。
その後の経緯については、拙著『女王とプリンセスの英国王室史』(ベスト新書)をご参照願いたいが、結論から先に述べると、エドワード8世は王位よりもシンプソン夫人との結婚を選んだ。在位わずか325日、戴冠式も済ませないままの退位であった。「王冠を捨てた恋」と呼ばれるゆえんである。
この先は、日本でもあまり知られていない事実ということになるが、この騒ぎが、第二次世界大戦直後のわが国に、大きな影響を及ぼすこととなった。敗戦国となったわが国が、戦後処理を進める過程で、昭和天皇の退位も取り沙汰されたことは、よく知られている。また、戦勝国の世論は昭和天皇に対してきわめて厳しいもので、処刑論まで取り沙汰されていたことも、やはりよく知られている。
しかしながら、戦勝国となった英国やオランダ、それにノルウェーなどの王室が、戦後いち早くGHQ(連合軍総司令部)に対して、昭和天皇の助命を願い出たという話は、あまり知られていないようだ。
かく言う私自身も、昭和が終わって平成の世となった時、たまたまロンドンにいて、しかも在英日本人向けの新聞を編集・発行するという仕事をしていたので、昭和天皇崩御を伝える英国の新聞は全て目を通した結果、知識を得た次第である。それはさておき、昭和天皇の処遇をめぐっての議論に際して、GHQの法務幕僚たちが参考にしようと考えたのが、前述の「王冠を捨てた恋」であった。
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