首相が国王を斬り捨てた? 知られざる王者の退位その6
Japan In-depth / 2016年8月29日 11時0分
まず7月に、NHKのスクープといった形で「生前退位のご意向」が示され、その後8月8日に、ビデオレターの放送という異例の形での「お言葉」という流れは、ことによると政権側から横槍が入ることを、未然に防ぐための手立てだったのではないかーー天皇ご自身が「王冠を捨てた恋」の顛末について知らぬはずはないので、ついそのような想像をめぐらしてしまうのである。あくまで勝手な想像であることは明記しておくが。
話を戻して、エドワード8世の退位に対しても、英国民は決して好意的ではなかった。なんとかノベルズであれば、その名も「王冠を捨てた恋」とは、ロマンチックの極みと描かれるかも知れぬが、現実の社会はだいぶ趣が違う。「大英帝国の元首が、不倫・略奪婚とはゲスの極み」と受け取られた。いや、これは真面目な話である。
ただ一人、海軍大臣だったウィンストン・チャーチルだけは、
「国王といえど、自由恋愛は認められねばならない」として、他の閣僚や議会を説得して廻り、退位への道筋を付けた。しかし、最近の研究では、これも「政治利用」だったのではないか、との疑念が浮上してきている。
これも第3回で紹介した通り、エドワード8世は、気さくな人柄で国民的人気がある人物だったが、反面、なかなか強烈な白人優越主義者であった。皇太子時代すでに、オーストラリアの先住民に対する差別発言で物議を醸したこともあったし、当時すでにドイツではナチス政権が成立していたわけだが、その反ユダヤ主義に対しても(ユダヤ人虐殺の事実は、戦後まで明かされなかったが)、半ば公然と同調していたという。
当時の英国の政界は、宥和政策派(戦争回避論)と対独強硬派(戦争不可避論)とに分裂していたが、チャーチルはよく知られる通り、かなり早い段階から、ナチス・ドイツとの戦争は避けがたい、と考えていた。そのような時期に、国王がそんな態度では、一致してナチスとの戦いに邁進することなどできない。そう考えたチャーチルは、言わば不倫問題を奇貨として、体よくエドワード8世を王座から追いやってしまったのではないか、というわけだ。
これが、そのものズバリの真相なのかどうかは、今となっては確認のしようもない。しかし、その後の、具体的には1939年の第2次世界大戦をはさんでの英国政治の動きを見ると、あながち的外れな推論とも決めつけがたい。
とどのつまり英国のエリザベス2世女王は、「王権と議会政治は、常に一種の緊張状態にある」ということを、まことによく理解しているのだ。そして自身も、1990年代に、「国民世論と王権も、一種の緊張状態にある」ということを、思い知らされることとなった。具体的には、チャールズ皇太子の結婚と離婚、そしてダイアナ元妃の悲劇的な死を巡っての騒動である。
次回は、その話を。
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