逆効果だった「カエサル暗殺」 暗殺の世界史入門その2
Japan In-depth / 2017年2月27日 18時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
ユリウス・カエサルの名は、今や日本でも知らぬ人がないほどである。
厳密には、かつてはジュリアス・シーザーという英語読みでもっぱら知られていたが(教科書にまでそう表記されていた)、塩野七生さんの『ローマ人の物語』(新潮社)など、良質な書籍が売れるようになったおかげで、ラテン語原音に近い表記が定着してきた。
歴史上の「超有名人」なので、多くを語る必要もないが、紀元前100年頃にローマの貴族の子として生まれたが、幼少期については信頼すべき資料がなく、生年月日も正確には分かっていない。
長じてローマの政界において頭角を表すようになるが、とりわけ顕著だったのは軍事面での功績で、現在のフランスを制圧したガリア戦争で挙げた武勲により、民衆の圧倒的な支持を集めたが、その一方では、独裁的な権力への野心を隠そうともしない彼を警戒した元老院との対立が深まっていった。
ついには元老院との間で内戦を引き起こすが(紀元前49~45年)、軍団を率いてルビコン川を押し渡り、ローマに向けての進撃を開始する際に、兵士に対して「賽は投げられた」と檄を飛ばした。成否はもはや神のみぞ知る、という意味で、今も人口に膾炙している。文筆家としても歴史に名をとどめている彼は、こうした印象的な言葉を数多く後世に残しているのだ。
この内戦に勝利を収めたことで、終身独裁官という地位を得るのだが、元老院派は収まらず、紀元前44年、暗殺されてしまう。その際も、刺客の中に腹心の部下であったブルータス(こちらは、原音はブルトに近いらしい)が含まれていたのを見るや、「ブルータス、お前もか」と言い残して絶命したと伝えられており、部下に裏切られた権力者の心境を象徴する言葉として、やはり人口に膾炙している。いずれにせよ、世界史をひもとけば数多く見られる政治的暗殺の中で、もっとも有名なもののひとつであろう。
余談ながら、カエサルはガリアでの戦功によって大衆的人気を得たと述べたが、その背景をもう少し説明しておきたい。実はこの時期、カエサルはローマ市内の随所に、元老院との論争の内容をリークする貼り紙をして、世論を味方につけることに成功した。この貼り紙こそが新聞の起源であるとされている。異説もあるようだが、横浜市の新聞博物館の展示でもこの説が採用されており、もっとも有力な説であることは間違いない。
さらに、暗殺の後日談を。ユリウス・カエサルにはアウグストゥスという養子がいた。暗殺の後、彼を中心として、カエサルを神格化して一段と強力な中央集権体制を作ろう、とする勢力が台頭し、元老院の権威を復活させようと考える一派との間で、再び内戦が勃発する。この内戦もまた、アウグストゥスらの勝利に終わり、ここに帝政が始まる。やがてカエサルという名は皇帝の称号そのものとなった。独裁者を除こうと決行した暗殺が、結果的には帝政ローマへの道を開いたとも言えるわけで、歴史は本当に皮肉に満ちている。
-
- 1
- 2
この記事に関連するニュース
-
『グラディエーターII』が「理想的な続編」になった5つのポイントを解説。一方で批判の声も上がる理由
オールアバウト / 2024年11月20日 21時5分
-
バカほど「イイクニ作ろう鎌倉幕府」を否定する…教科書を「イイハコ作ろう」に書き換えさせた歴史学者の無責任
プレジデントオンライン / 2024年11月20日 18時15分
-
独裁より忖度が恐ろしい 「再トラ」ついに現実に その4
Japan In-depth / 2024年11月19日 15時0分
-
なぜプーチンは長期政権を維持できるのか...意外にも、ロシア国内で人気が落ちない「3つの理由」
ニューズウィーク日本版 / 2024年11月15日 13時57分
-
「北朝鮮が金正恩氏暗殺を意識し警護レベル引き上げ」国家情報院の報告に、韓国ネット「権力暗闘の序幕」
Record China / 2024年10月30日 10時0分
ランキング
-
1パキスタン、元首相釈放求めデモ激化=首都に軍配備、衝突で死者も
時事通信 / 2024年11月26日 20時41分
-
2「フェンタニルは米国の問題」中国が反論 米中協力の「成果」を強調
産経ニュース / 2024年11月26日 23時4分
-
3政府が政労使会議開催、石破首相「今年の勢いで大幅な賃上げを」
ロイター / 2024年11月26日 13時46分
-
4米海軍哨戒機が台湾海峡飛行、中国軍は「大げさな宣伝」と反発
ロイター / 2024年11月26日 18時33分
-
5資金源も使途も非公開、米連邦政府を舞台にトランプ版「政治とカネ」劇場が始まった!?
ニューズウィーク日本版 / 2024年11月26日 19時5分
複数ページをまたぐ記事です
記事の最終ページでミッション達成してください