日米繊維交渉“善処します”誤訳伝説 その1
Japan In-depth / 2017年8月12日 23時0分
この繊維交渉悪化の誤訳原因説については有力政治家も国会で言及している。2014年の3月27日の国会での答弁で、そんなに古い話ではない。国会議事録によれば、「繊維のことについて日本は前向きに検討します(筆者注・アンダーラインは筆者、以下同じ)と。これ、日本人が聞いたら、これはやらないって意味だなと分かりますよね。役人が前向きに検討をしますと言うのはやらないということですから、大体基本的には、やるようなふりをしてやらない、(中略)それを直訳したらどうなるかといったら明日にもやるように聞こえるわけですよ。これが、日米繊維交渉がもめた一番の理由はこれです」。
発言したのは麻生太郎副総理・財務相で、総理と外務大臣の経験もある。外交上の極秘情報が集まるいくつかの要職に就いた人物が、繊維交渉が難航した最大の理由は通訳だったと国会で指摘するのだから、驚く。
政治家は交渉の失敗を通訳や翻訳のせいにする-「善処します」誤訳問題について現役の通訳者と話をすると、こうした政治家への批判をよく耳にした。
ちなみに、佐藤・ニクソン会談の日本側の通訳を務めたのは外務省キャリア外交官だった赤谷源一・大臣官房審議官だった。英オックスフォード大学で学び、外務省の中でも屈指の英語使いだったと言われる。
写真:赤谷源一氏 出典)国際連合広報センターHP
赤谷は1965年の佐藤の第1回訪米からの付き合いで、佐藤の信頼も厚かった。日本人としては初の国連事務次長に就任する栄誉にも輝いている。だが、赤谷が69年の佐藤・ニクソン会談で歴史を変えるような誤訳を行ったのならば、ここまで外務官僚として出世できたのか疑問が生まれる。
では当の赤谷は誤訳説についてどう思っていたのか、反論はなかったのか。赤谷は87年に他界している。日本の同時通訳の黎明期に輝いた村松増美は「佐藤総理はニクソン大統領に繊維の輸出規制について要請されて、『善処します』とおっしゃった。それをどう訳したかは、おそらく外務省の記録にあるのかもしれませんが、訳された外交官の方は秘密を墓場まで持っていかれてしまいました」と述べていた。
もしかして赤谷が家族には何か伝えていた可能性があると思い、遺族で自身も通訳・翻訳の経験がある長女の慶子さん(70)に聞いてみたことがあるが、赤谷は家庭では佐藤・ニクソン会談について話題にすることは一切なかったという。
ただ、赤谷は1972年4月3日付の毎日新聞のインタビュー記事で、「善処します」の話題に言及している。この毎日記者は「『善処しましょう』という英訳の適切さまで、当時は取りざたされた」と記しているが、その英訳の件について赤谷は「申上げることはなにもございません」と答えている。
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