カズオ・イシグロの「日本人性」を読み解く2
Japan In-depth / 2017年10月7日 12時0分
▲「わたしたちが孤児だったころ」 (ハヤカワepi文庫)
英文学研究家の武富利亜氏が指摘するように、「アキラの家は、外観は英国式であるが、家の中は、まるで『本物の日本の家』のようだ」とあらわされており、「外国に住んでいても、両親は日本語で話し、日本人としてのアイデンティティを固守する家庭であることが示されている」。これは、イシグロ氏自身の投影であろう。
また、本国の文脈から切り離されたバンクス(もう一人のイシグロ氏自身の投影)がより英国人らしくなろうと努力する姿は、「祖国に所属しているという認識に自信が持てないから」(武富氏)なのである。
そうした意識は、日本について書いた初期作品にも見られる。イシグロ氏は、「私の日本」「日本とつながって魅せられたままでいるという子供のときの状況」を描き出そうとするが、そこに、日本においては「異質」な自分との折り合いをつけられない苦悩が浮かび上がる。日本人に「日本人」として認めてもらえない怖れが見られるのだ。
イシグロ氏はジャーナリストの大野和基氏とのインタビューで、「私は日本についての小説を書き終わるまで、日本に戻らないという決意を意識的にしました。本当の日本が、自分の脳裏にある日本に干渉をすると思ったからです。私のプロジェクトは、自分の日本が脳裏から消える前に、小説に安定的に書き留めておくというものでした」と明言している。
■ 架空の記憶と本物の記憶の和解
そのようにして自分なりの「そうであってほしい日本」を再構築して、さらに自分の英国人性を展開する小説も書きあげて初めて、イシグロ氏は35歳にして日本に戻るのだ。日本と英国という二つのふるさとに、自分の作品でそれなりの折り合いをつけることで、日本と直面する決心ができたのである。
それまで「記憶の再構築」、「実際に起こらなかったことを思い出す」という架空のプロセスに没頭してきたイシグロ氏は30年ぶりに生まれ故郷で、「本当の記憶」に出会う。
「すべての丘を思い出すことができたし、昔いた古い家にも行きました。近所も昔のままでした。近所の人もみんな子供のときの私のことを覚えていてくれました。私もいろいろな場所を覚えていました。幼稚園への行き方も覚えていました。幼稚園の昔の先生にも会い、近所の年寄りの人にも会いました、そうして初めて、本当の記憶が蘇ってきたのです」(大野氏とのインタビューより)。
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