カズオ・イシグロの「日本人性」を読み解く2
Japan In-depth / 2017年10月7日 12時0分
それは、「ずっと想像していたものに近かった」という。
こうした架空の記憶と本物の記憶の和解こそ、『わたしたちが孤児だったころ』のテーマである。英国人の主人公であるバンクスは成人して上海に戻り、幼少時の疑似体験をすることで、ようやく当時のまま捕らわれていた「空想世界」から旅立つ準備ができたのである(武富氏)。イシグロ氏の長崎への帰郷に重なるものがある。ここでイシグロ氏は自分の二重性と折り合いをつけ、日本人を内包した英国人の自分を受け入れるのである。
■ 変わってしまったのは日本人
このように、イシグロ氏の日本人性は移ろうものであり、また彼の中に共通項を見出そうとする我々日本人の日本人性も、彼が生まれた1954年から大きく変化してきた。
たとえば、1970年代の終わりまでは、海外に住む日本人に対する同胞意識は強烈なものがあった。二世や三世の日系米国人であっても「在米同胞」と呼び、メディアでは名前の表記には漢字を使った。故ダニエル・イノウエ元米上院議員は「井上健議員」、故スパーク・マツナガ元米上院議員は「松永正幸議員」といった具合である。
▲写真 ダニエル・イノウエ元米上院議員 出典:United States Senate
▲写真 スパーク・マツナガ元米上院議員 出典:United States Congress
帰化したからといって、「石黒一雄」は「カズオ・イシグロ」にはならなかった。(「ヨーコ・オノ」は別。)日系人の名前の漢字が判明しなければ、強引に音訳で「大野洋子または小野陽子」としたものである。相手に日本人性を見出し、強い連帯感を抱いた。日系人側もそれに合わせていた。
▲写真 ジョン・レノンとオノ・ヨーコ 1969年アムスレルダムにて 出典:Nationaal Archief
だが、もう日本人は日系人を同胞などとは呼ばず、名前もカタカナ表記で完全な外国人扱いである。イシグロ氏の移ろう日本人性も、そうした強い血のつながりの連帯感から、同胞意識が薄れてゆく祖国日本の姿を映す鏡のようだ。
なぜ、イシグロ氏のノーベル文学賞受賞で日本人の心に引っかかる「日本人性問題」があるのか。それは、血のつながる同胞を「同胞」と呼ばなくなった、我々自身の心変わりに対するやましい意識なのかもしれない。
(了。1の続き。全2回)
トップ画像:Kazuo Ishiguro Ill: N. Elmehed. © Nobel Media 2017
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