平和賞に女性の影あり? ノーベル賞の都市伝説3
Japan In-depth / 2017年12月11日 11時47分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・女性として初のノーベル平和賞受賞者はベルタ・フォン・ズットナーというオーストリア出身の女性。
・ノーベルのベルタの反戦運動に対するシンパシーが平和賞創設の動機といわれている。
・ノーベル平和賞はその性格から、受賞に対する異論が多い。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。写真説明と出典しかみることが出来ない場合は、Japan In-depthのサイトでお読みください。】
最初のノーベル平和賞受賞者は、赤十字の創立者アンリ・デュナン(スイス人)と、国際仲介委員会の創立に功績があったフレデリック・パシー(フランス人)である。これを聞いて違和感を持つ人は、まずいないだろう。
写真)アンリー・デュナン
出典)日本赤十字社
写真)フレデリック・パシー
出典)WIKIPEDIACOMMONS
では、女性として初の受賞者は誰か、ご存じだろうか。その名をベルタ・フォン・ズットナーといい、オーストリア出身。受賞は1905年のことで、その時点での国籍はオーストリア=ハンガリー二重帝国であった。
写真)ベルタ・フォン・ズットナー
出典)Photo by Caral Pietzner
陸軍大将・伯爵を父に持つが、若い頃から筋金入りの反戦主義者で、ナポレオン戦争後にヨーロッパの秩序を再構成しようとした列強の政治家や貴族たちの姿を題材とした反戦小説『武器を捨てよ』は、邦訳も出版されている。
現実には、世に言うウィーン会議が招集されたものの(1814年)、利害の調整がつかず、華やかな舞踏会のみ繰り返されて、「会議は踊る。されど会議は進まず」という言葉だけが後世に残されたが。
そもそもベルタの存在が、アルフレッド・ノーベルをしてノーベル平和賞の創立を決意させたと言われている。しかもこれは、都市伝説などでなく、結構しっかりした根拠のある話なのだ。
ノーベルが生涯独身で、しかも複数の女性からプロポーズを拒まれたことは前回述べたが、実はその一人がベルタだったのである。彼女は旧姓をキンスキーといい、前述の通りオーストリア=ハンガリー二重帝国の陸軍大将の娘であった。1876年、ノーベルが女性秘書を募集する公告を5カ国語で出したところ、5カ国語で応募してきた女性がいた。誰あろうベルタである。
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