法さえ守れば問題ない イスラム脅威論の虚構 その7
Japan In-depth / 2018年4月8日 0時30分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ラマダーン(断食)は善行として推奨されているが、さほど厳格な決まりではない。
・初のムスリム力士大砂嵐関はイスラムの戒律は厳格に守ったが、日本の道路交通法を無視、引退勧告処分になった。
・悪いのはテロリズムであって、イスラムではない。
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2012年ロンドン五輪に際して、こんなジョークが人口に膾炙した。
イスラム圏のある国から来た選手が、たまたま断食期間中であった。ところが宗教指導者からは、「事情が事情だから、食べていいよ」と言われた。そこで選手村で英国料理を一口食べたのだが、
「……やっぱり断食します」
読者ご賢察の通り、英国料理がおいしくない、というネタの一種自虐的なジョークである。ところが、本シリーズのために色々と話を聞かせてくれている、中東問題に造詣の深い元外交官にこれを聞かせたところ、「他にも食べるものはたくさんあるだろうに」と言って笑っていた。笑うところがそっちなの?と思わずツッコミを入れてしまったが、今度は大まじめに、「だって、飛行機でロンドンまで行って、これからスポーツの試合に出る、ってことでしょう。それなら本当に食べていいんだから」と言う。
断食とはラマダーンのことで、その期間中は日の出から日没まで飲食を絶つとされているが、実はさほど厳格な決まりでもないのだそうだ。
そもそもラマダーンとはヒジュラ暦(聖遷暦、イスラム暦とも)の九月のことで、預言者ムハンマドが神の啓示を受けたことから「聖なる月」とされている。
▲写真 天使ジブリールから啓示を受けるムハンマド(14世紀,エディンバラ大学所蔵『集史』「預言者ムハンマド伝」載録の細密画) 出典 パブリックドメイン
したがって日本のメディアで「断食月」と書かれることがあるのは、明らかな誤訳なのだが、イスラム圏では、この月にみんなして断食を行うことで、貧しき者(食べるものに事欠くような人たち)への同情心を養うと共に、信者の連帯感を高める習慣があるのは本当である。
ただしこれは、善行として推奨されているだけの話で、教義の上でも、断食の負担に耐えがたい病人や高齢者、それに旅人は飲食しても構わない。前出の元外交官からも聞いたが、カイロやダマスカスなど国際色豊かな都市では、ラマダーン期間中であろうがレストランも普通に営業していたし、「私は旅行中です」などと言いつつ入店してくるムスリムも、一人や二人ではなかったそうだ。もっとも、本当に旅行者だなどとは信じられない、という前提に立てば、そんな言い訳をすること自体、断食を守らないことに、いささか忸怩たる思いがあると考えられる。
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