水害対策に独居高齢者の視点を
Japan In-depth / 2018年9月4日 0時16分
私は逃げ遅れた高齢者は独居が多かったのではないかと考えている。それは、人間が不幸に直面したとき、そのことを否定しようとする傾向があるからだ。心理学で正常性バイアスと呼ぶ。沈みつつある船に乗っている人が、何度警告されても、「まさか沈没はしないだろう」と考えて、避難が遅れるなど、その典型だ。実は、独居高齢者は正常性バイアスが働きやすい。
このことは過去の災害でも指摘されている。例えば、東日本大震災だ。福島第一原発事故以降、福島では被曝を恐れた若年世帯が避難し、高齢者だけが取り残された。配偶者に先立たれている高齢者の多くが独居となった。
福島県南相馬市、いわき市で外科医として診療する尾崎章彦医師は、この問題を調査して、英国の医学誌に報告した。尾崎医師によると、乳がん患者が、自覚症状が出現してから、受診が3ヶ月および12ヶ月以上遅れるリスクは、震災後それぞれ1.7倍、4.5倍も増加していた。多くが独居患者で、尾崎医師は「腫瘤を自覚しても、病院受診を勧める家族がいないため、病院に行かない」ためだと説明する。真備地区の高齢者も同様に考え、避難しなかったのではないだろうか。
高齢化が進むわが国では、独居高齢者の視点に立った災害対策が必要だ。そのためには、実証的な調査が欠かせない。筆者は知人を介して、岡山県の地元紙である山陽新聞に接触した。担当者曰く、「我々の知る限り、被災者が独居であるか否かはデータがない」という。山陽新聞が知らないのであれば、誰も調べていないのだろう。このあたり災害医療の研究は発展途上だ。
最近、興味深いニュースがあった。湯崎英彦・広島県知事が、朝日新聞9月1日版のインタビューで、「避難しない心理 調査し課題探る 人命守るために」と回答していたのだ。適切な課題設定だと思う。湯崎氏の周囲には有能なスタッフやブレインが揃っているのだろう。
▲写真 湯崎英彦・広島県知事 出典:ゆざき英彦オフィシャルサイト
広島県には、是非、高齢者、特に独居高齢者の視点に立った実証研究を実施して頂きたいと思う。世界中の災害医療の専門家が関心を抱いているテーマだ。もし、私たちでお役に立つことがあれば、喜んで協力したい。西日本豪雨の教訓を糧に、自然災害対策が少しでも進むことを願っている。
トップ画像:高梁川(岡山県倉敷市・総社市)地区(2018年7月9日撮影)出典 国土地理院
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