パフォーマンス理論 その9 ピンチの時
Japan In-depth / 2019年7月4日 7時0分
面白いのは、こういう時に選手は時々楽観的になることだ。例えば根拠なく、三日間で痛みがなくなるのではないかと考えてハイになったり、アクセルを踏んでいる時に痛みがなかったのでこれは痛くないんじゃないかと思ったり。希望を持つというよりも自分を慰めるように勝手にいろんなことを思いついては、違ってガックリくるということを繰り返していた。
ちょうど試合の二週間ほど前だったと思う。赤羽のナショナルトレーニングセンターで、一人で坂道走路を歩いて登っては階段で降りてというのを繰り返していた時、急に鳥の声とか、車の音とかがバーチャルに感じられて、全部自分とは無関係なもののような気分になった。自分は自分とは関係がないことを勝手に思いついては憂いているのではないか。後から考えればものすごく馬鹿らしいことをあれこれ悩んでいるのではないか。
結局のところ、実際に今から自分にできることは何か。陸上競技は準備の競技だ。グラウンドに来て練習し、ご飯を食べてよく寝ること。これ以外にない。だから一生懸命本番に向けて準備をすればいい。実際の試合がどうなるのか。ライバルがどの程度走るのか。また当日痛みがあるかどうか。ましてやそれがどのように世の中に受け止められるかは私にはコントロールできない。コントロールできないことを考えてもしょうがないし、そもそも関係がない。関係がないことを考えることは勝負に関しては無駄なことだ。このような見方の転換だったと思う。私は急に気持ちが晴れて、特段ハイになったわけではないが、目の前のことに没頭できるようになった。やれることを準備して、あとは本番を迎えよう。ダメだったらまたそこで自分にできることをやるだけだ。結局この時には本番はうまくいって五輪の出場権を獲得した。
私のこの体験はスポーツ心理学ではよく知られていて、コントロールできないものを意識するのをやめ、コントロールできることに意識を向けよという言葉で教わる。コントロールできないものの最たるものは他人と過去であり、コントロールできるものの最たるものは自分であると。だが、知識で知っていた言葉と実感とはずいぶん違っていた。体験した人にはよくわかる。一方でおそらく体験していなければほぼなんのことかわからない。
大事な点は、楽観的になろうとすることでも、悲観することでもなく、目の前にある自分にできる課題解決に集中することで、何を無視するかを決めることだ。自分の範囲を超えたものを恨んだり、憂いても改善は見込めない。
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