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パフォーマンス理論 その9 ピンチの時

Japan In-depth / 2019年7月4日 7時0分

もちろんこれはとても抵抗感が強い。なにしろ自分のせいではない理由で自分がピンチに追い込まれることも多々ある。また本質的にはもっと大きなところに問題があることも多い。例えば指導者や、所属している企業の方針、国際連盟の方針、ドーピングを使用している選手など。それを関係ないと割り切れという話でもある。人間どうしてもその対象の責任だと考えたいし(実際にその場合もある)、恨みたいし、なんなら復讐したい。しかし、それで改善できるならいいけれども、改善できない場合は努力は無駄になる。


勝利に結びつくのは行動しかなく、どう考えるかよりもどのように行動するかだけが競技者の成功を決めている。競技人生で最も足りないリソースは時間だ。その貴重な時間を考えてもどうしようもないことに費やすことは避けなければなければならない。最終的に競技人生を良い方向に勧めてくれるのは、ひたすらに自分のできることにフォーカスして、それを淡々とやり遂げることだ。他人も過去も未来も何が起きるかわからない。わからないことには起きてから対処すればいい


コントロールできるものとそうではないものを分けられなければ、競技者は無力感を抱く。コントロールできないものは、当たり前だが自分ではコントロールできない。にも関わらずそれをなんとかできると信じ、なんとかしようとすれば、常に思い通りにならない。結果、何をやってもだめなんだと無力感を抱き、敗北者のマインドが植えつけられるようになる。自信がある人間は、いきなり全てができるようになったのではなく、まるで自分を説得するように自分のコントロールできる範囲でやってみて、そして実際に変化が起こるのを見て自分自身を説得することに成功し、また次の課題に挑戦する。この繰り返しで自信を植え付ける。スポーツにおいてのやればできるは正しい。ただし、正確には自分のやればできる範囲を明確にわかっている人にとっては、だ。この線引きができない人は、やればできると思って雨をやませようとするが、雨はやまずそれに対し自信を失ったり腹を立てることをやってしまう。


この考え方にも弊害がある。いきすぎると社会と自分を分断し、社会を包括するような大きな課題に無関心になり、結局社会全体の問題を誰も解決しないことにもなりかねない。また、他人からは淡白な人間だと思われることもある。全て実践に落とし込もうとするからだ。人はただコミュニケーションを取るだけで癒されるから、問題を解決しないでも、話せば解決されることもあるし、何もかも実践に直線的に向かう人間は息苦しいこともある。特に精神的に厳しい状況には。選手を引退してから、社会課題にちゃんと興味を持ってコミットし、性急に成果を求めて行動するのではなくゆっくりと人の話を聞くことを意識するようになった。スポーツの世界はゼロサムゲームであまりにも勝ち負けがはっきりしすぎていて、そこで培われたメンタリティはそのままにしておくと摩擦を起こしすぎるところがある。


私の競技人生で1番の学びは何かと聞かれるとこの体験をあげると思う。社会に対し苛立ち、精神的に追い込まれると投げ出したくなる人間だったが、この体験でずいぶん大人になれたし、精神的に安定するようになった。今もまさに学びつつあるが、人生はシンプルであると考えるようになった。今この瞬間に意識を置き続ければ、人生は常に拓けていくと思う。思うような人生にはならないかもしれないが、それ自体が実は自分には関係がない。人生は今にあり過去にも未来にもない。


私がコントロールできるものとそうではないものの分類ができていない時は何にでも期待し失望していた。この分類ができれば期待することはなくなり、残るのはひたすらに自分は今からどうすればいいのかという実践のみになる。


 


(この記事は2019年3月4日に為末大HPに掲載されたものです)


 


トップ写真:sadness by pixabay


 


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