日産自動車、お家騒動の系譜

Japan In-depth / 2019年9月14日 18時0分


▲写真 ルノー・ジャポン本社(神奈川県横浜市)出典:ルノー・ジャポン ホームページ


ある夜は、ルノーのほかフランス政府関係者など総勢数十名が参加者したセーヌ川船上パーティが開催され、政府関係者はシャンパン片手に「フランス万歳!」と叫び、同行したルノーとの提携交渉に当たった日産の経営企画幹部は「こんな屈辱はない」と涙を流し、帰国後に辞表を提出した。


最終日はルノー博物館でのパーティ。ルノーはパリの日本人板前を呼び寄せ、「スシとワインはよく合う」とはしゃいだ。その後、我々はクラシックカーに乗せられ、パリ市警の先導で市内を引き回しされた。翌日のル・モンドら仏紙は1面で凱旋門を周回する日本人記者団の写真を掲載。その上に『フランスの勝利!』の見出しが踊った。


元・国営企業で今でも仏政府が筆頭株主のルノーは「フランスの誇り」である。一方、日産も戦前から政府が深く関与し、旧プリンスのルーツも「隼」や「疾風」など陸軍飛行機を開発・製造した中島飛行機。人事面でも経産省が官邸と連携して仏・ルノー連合と対峙する。真の民間自動車メーカーとなる日は永遠に来ないだろう。


トップ写真:日産自動車販売店の看板 出典:flickr; Mike Mozart


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