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私のパフォーマンス理論 vol.42 -引退-

Japan In-depth / 2019年12月21日 7時0分

一度でもスポットライトを浴びたことがある人間は、自分が中心ではなくなったことに敏感に気付く。まずグラウンドに行った時に振り向く人の数が減った。さらに道を歩いていても気付く人の数が減った。私は長い競技人生で世間の評価などからは距離とって達観したと思っていたが、想像以上に心が揺らいだ。自分に価値がなくなっているという気持ちになった。競技外で何とか存在感を示そうとしたが、本心はとても虚しかった。少しずつ競技人生が終わりが近づいているのを察するようになった。


34歳、競技人生はあっけなく転倒で終わった。ショックだったが気が済んだとも思った。しばらく前から薄々気づいていたことが、ああやっぱりもうだめだったんだというのことがはっきりしたからだ。四年かけて確かめなければならないほど、私の人生は陸上しかなかった。引退して、最初にやったことは陸上競技関連のものを全て処分することだった。私は未練がましいので一気に方向転換しないとずるずるいくと思った。お世話になった人に送って後は全部捨てた。1日でユニフォームから何から、ランニングシューズすら何も家になくなった。


引退した後、何をやっても心が躍らない選手が多くいるだろう。私もそうだった。どこかにあの時と同じ気持ちになれるものがあるのではないかと探すかもしれない。だが、そんなものはないと思った方がいい。スポーツは身体活動を伴い、一瞬に感情が凝縮され、社会から大きな注目を得る。普通の人生では一度も味わわないような瞬間の感情を人生の前半に一気に味わう。プロであれば大きな賞金もついてくる。あんな一瞬に全てが凝縮された世界はスポーツ以外にほぼない。スポーツと比べればほとんどの世界は緩慢だし、もっと勝敗がはっきりしていない。まずこの現実をしっかりと直視するべきだ。


引退後の人生で重要なことは、新しいアイデンティティを見つけることだ。スポーツ以外で自分を表現する手段を持たなければならない。競技者は自分のアイデンティティをスポーツに一点投下している。だから、これがなくなった途端の喪失感が耐えがたいほど大きい。自分という存在が社会からなくなってしまったように感じるのだ。これはすぐに見つかるものではないから、時間をかけて探していくことになる。


アイデンティティを見つける際にプライドが邪魔になる。トップアスリートはプライドが肥大化している。それは個人のせいでもあるし社会側の圧力でもある。トップアスリートに見合う人生を生きなければならないという期待がのしかかる。そして自分もトップアスリートがそんなことできるかと思っている。この肥大化した自己評価をどう現実に合わせるかが重要だ。選手は昔話をする人たちと必ず会う。あの時は凄かったですねという話から、昔はすごかったのには今はこんなになってという話まで、評価は様々だ。その度に現在から過去に引き戻される。競技者の人生は静かに生きるには社会に共有されすぎている。社会で生きていくためにはこれにも慣れる必要がある。


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