私のパフォーマンス理論 vol.42 -引退-
Japan In-depth / 2019年12月21日 7時0分
昔の自分に見合う扱いをされるべきだと思っているし、また自分がやることも他の人より優れていなければならないと思っている。この競技時代の強がる癖が社会と軋轢を生み、社会から浮いた存在になる。社会との接点がなければアイデンティティは見つからない。選手は今この瞬間の等身大の自分をよく見つめそれに合わせなければならない。仮に野心があっても、一度縮めて小さくしてから再び現実と共に大きくすることが望ましい。
私の場合は運が良く、友人に会社に誘われ手伝うようになり、またメディアでの仕事もいくつかあった。さらに家族もいてコミュニティにも入っていたので少なくとも孤独感はなかった。ただ、アイデンティティはまた別の話で、生きてる感触があるかと言われるとあまりなかった。何しろ毎日体が痛くも苦しくもないし、全力を出さなくてもいいし、何も目指さなくていいわけだから。
しばらく悩んだが、ある時からアイデンティティとは自分の能力の発揮ではなく、何かの役割を果たしているという感触からくるものだと気がついた。その役割が唯一無二であるほどアイデンティティは強くなる。アイデンティティは結果として手に入るもので求めるものではない。誰かに貢献することでそれらは得られるわけだから、ベクトルを自分に向けたものから社会に向けたものに変え始めた。競技者は自分を中心に置いてどう戦い生き残るかの世界で生きているが、社会はむしろ協調でできている。自分を使って社会に貢献する。この転換は私にとって大きかった
私の引退後はスムーズに行った方だと思う。それでも5年ほどは不安定だった。選手は引退間際ですぐに答えを求めようとしすぎず、じっくりと競技人生とはなんだったのかを振り返って欲しい。最初に思ったこととは違うものが浮かび上がることもあるだろう。恐れずその都度舵を切り直して欲しい。競技人生だけに縛られて生きるには引退後の人生はあまりにも長く、そして世界は想像以上に広い。いつか競技人生で得た体験と、今の人生が繋がる時が来る。あのような激しい瞬間の喜びはないかもしれないが、社会の中に自分の役割を見出すことで、新しいアイデンティティを感じることができるだろう。
トップ画像:Pixabay by annca
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