辞任と棄権とボイコット(上) 嗚呼、幻の東京五輪 その8
Japan In-depth / 2020年9月2日 23時0分
「スポーツに政治を持ち込むべきではない」
という「お約束」のような議論から、これもありきたりと言うか、
「対戦相手に失礼ではないか」
などという声まで聞かれた。当人が、
「私はテニスプレイヤーである以前に、ひとりの黒人女性」
であり、人種差別がらみの事件が繰り返されることに対して、黙っていてはいられなかったのだ、と明言していたにもかかわらず。
私は、英国ロンドンで暮らしていた当時、七回ほど本物のケンカをやっている。すべて相手は白人で、人種差別がらみのトラブルであった。誓って、酒の勢いで暴れたことなどはない。早い話が「イエロー・ジャップ」などと言いながら突っかかってくる手合いに、
「眼鏡をかけた日本人だからと言って侮ると、大変なことになるよ。ブラックベルトだったりする場合もあるから笑」
と教えてやっていたのである。一度、中国人と間違われて唾を吐きかけられたので、廻し蹴りで返礼したこともあるが、問題の本質は変わらない。口で言い返せばいいじゃないか、という意見もあり得ようが、言葉の暴力というのもあるわけだし、いくら若い頃の私でも、見境なく手を出していたわけではない。そもそも、有色人種が地下鉄で同じ車両に乗っているのが気に入れないからと、唾を吐きかけてくるような手合いに、そういうことをしないでください、と言って通じるだろうか。
話を戻して、私はテニスやゴルフには門外漢であるが、いずれも長きにわたって「白人様」のスポーツだと認識されていた、ということくらいは知っている。たとえばあのタイガー・ウッズ選手も、父親に連れられてゴルフ練習場に行ったところ、じろじろ見られて子供心に不快な思いをした、と述懐している。
五輪の精神としてアマチュアリズムを掲げているが、これも、時間とカネに余裕のある有産階級だけがスポーツを楽しめる、という社会を肯定するエリート主義の表れだということは幾度も述べたが、白人優越主義が見え隠れすることもしばしば指摘される。なにしろ、
「ヨーロッパの白人たちは、黒い顔の人ばかりが表彰台に上がるのが気に入らないものだから、とうとう冬季オリンピックなどというものを始めた」
などという話が、まことしやかに広まっていたくらいだ。事実は、1924年のシャモニー・モン・ブラン(フランス)大会が皮きりで、そもそもこの当時は黒人が五輪の代表選手に選ばれることなど考えられなかった。
陸上競技で黒人選手の活躍が顕著になるのは、第二次世界大戦後のことだが、1968年のメキシコシティ大会では、男子200メートル走の表彰式で、金メダルを獲得したスミス、銅メダルのノーマンという二人の米国代表が、表彰台で星条旗から目をそらし、黒手袋をはめた手でこぶしを突き上げる、という行動に出た。
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