落ちた偶像、キッシンジャー
Japan In-depth / 2020年11月9日 11時0分
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米の「対中融和」政策の偶像的存在、キッシンジャー氏が目覚めた?
・中国が米国と戦争をしかねない危険性があるとの認識を表明。
・他の中国専門家から「数十年遅い認識」と皮肉な論評を浴びる。
ヘンリー・キッシンジャー氏といえば、アメリカ外交政策の大御所とされてきた。とくにちょうど40年前の米中両国間の国交樹立ではその政策立案者として高く評価された。それ以後の同氏は一貫して米中友好を説き、中国の独裁体制や軍事膨張を非難することはなく「対中融和」派の旗頭ともされてきた。
そのキッシンジャー氏がこの10月中旬、中国の軍事的な危険性をほぼ認める発言をした。この発言に対して他のベテラン中国専門家は「その中国の危険の認知は数十年、遅すぎた」と皮肉な論評を浴びせた。
キッシンジャー氏は10月中旬、ニューヨークの民間学術機関主催のオンラインの討論会に出て、いまの米中関係について以下のように述べた。ちなみに現在の同氏は97歳である。
「いまの米中関係はきわめて危険な状態にあり、もし両国がこのまま高まる緊張をうまく管理できなければ、両国は第一次世界大戦時に似た状況へと落ち込んでいくだろう」
この言葉はキッシンジャー氏が遠回しにせよ、いまの中国がアメリカと戦争をしかねないという危険性を認めたのだと解釈された。同氏のそれまでの中国に対する種々の論評では軍事衝突の危険を述べることはなかった。つまり中国がアメリカを相手に軍事行動を起こしうるという認識には背を向けたままだったのだ。
いうまでもなく、キッシンジャー氏といえば、米中国交樹立の立役者である。1971年、当時のニクソン政権の国家安全保障担当の大統領補佐官だった同氏はひそかに中国を訪問した。当時のアメリカは朝鮮戦争で血なまぐさい戦闘を繰り広げた相手の中華人民共和国をなお敵とみなし、台湾の中華民国と同盟関係を保っていた。
キッシンジャー氏はニクソン政権が中国をもう敵とはみないという認識を伝え、その後の米中両国の接近への道を開いた。73年には同氏は再び訪中し、毛沢東主席とも会談して、米中和解の路線を推進した。
アメリカ政府が中華人民共和国と実際に国交を結んだのは1979年1月、カーター政権の時代だった。中国側の代表は鄧小平氏だった。キッシンジャー氏はこの間、フォード政権の国務長官をも務め、中国との和解路線をさらに進めていた。国交樹立後もソ連との対決での「中国カード」の効用を説き、中国をより強く、より豊かにするという対中関与政策の基礎を主唱した。
▲写真 フォード大統領と毛沢東主席とキッシンジャー国務長官(当時)(1975年12月2日 北京) 出典:Gerald R. Ford Library (Public domain)
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