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あらためて死刑廃止論ずべき(上)「墓石安全論」を排す その4

Japan In-depth / 2021年4月28日 19時0分

夫はもともとシロアリ駆除の仕事をしていて、毒物カレー事件発生の時点では会社は倒産していたが、自宅には大量のヒ素(厳密には化合物である亜ヒ酸)が相変わらず保管されていた。なおかつ会社倒産と前後して、ヒ素を用いた保険金詐欺(ヒ素を服用して故意に体調を崩し、保険金を騙し取ったとされる)に手を染めていた疑いも浮上した。





妻が保険外交員として働いていた経験があるので、保険のシステムに詳しく、こうした詐欺も可能になったというのが捜査本部の見立てで、しかも近隣住民の間では、「あの一家は保険金で豪勢な暮らしをしている」といった、よくない噂があったらしい。





その後、夫妻の逮捕から死刑判決に至る経緯は、次回あらためて述べさせていただくが、当初から、捜査本部のこうした動きに批判的な目を向ける向きがあったことは、ここで指摘しておきたい。









▲写真 警察(イメージ) 出典:Takashi Aoyama/Getty Images

もともと毒物を用いた犯罪に対する捜査能力に関して、日本の警察は信用を失っていたのである。決定的な事案が「松本サリン事件」であった。





1994年6月27日深夜、長野県松本市北部の住宅街で有毒ガスが発生し、死者8名、重軽傷者600余名という大惨事となった。





長野県警は、第一通報者であった会社員氏を「重要参考人」として連日取り調べ、自宅から薬品類などを押収。これを受けて、マスコミもほとんど彼を犯人扱いしていた。さすがに無差別殺人を疑いはせず、農薬を自分で調合しようとして、誤って有毒ガスを発生させてしまったのではないかと、いわば重過失の案件と見てはいたようだが。





ここで個人的な思い出を交えて語ることをお許し願いたいが、この段階で私の父親が、新聞を一読するなり、「そんなバカな話があるかい」





と言い放ったことを今でも覚えている。私の父というのは『全国農業新聞』の元編集長だったので、一般の都会人よりは農薬に関する知識があったのかも知れない。しかし、専門家というわけではなかった。それでも、農薬の製造工場が爆発したとかいうのならともかく、家庭にある薬品の調合を誤った程度で、あれほどの惨事に至るものかどうかは、「常識で分かりそうなものだ」と語っていた。逆に言えば当時の長野県警やマスコミは、その程度の常識にさえ達していなかったことになる。





今ではよく知られるように、この事件はオウム真理教による犯行であったわけだが、この年の暮れになっても長野県警は会社員氏を犯人と決めつけており、捜査幹部は、「野郎(会社員氏)に年越しそばを食わせない」などと息まいていたそうだ。年内に自供に追い込んで立件する、という意味である。7月3日の段階で、毒物はサリンであるとの鑑定結果が出ていたにもかかわらず。





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