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先人たちの夢が今日の日米関係に ニューヨーク日本人墓地墓参会110年

Japan In-depth / 2021年6月5日 10時37分

「日本人墓地 JAPANESE CEMETERY」と書かれた立派な石碑の前で行われた墓参会は、今年で110年目。つまり、日本の大正時代から続いている。当時、日本人は勤勉で低賃金でも働き、米国人の職を奪うとされて、差別の対象であったにもかかわらず、墓地にそれだけの寄付が集まったのは、驚きである。戦時中、ニューヨークの日系人が自宅隔離されるなど困難を極めた最中も、墓参会は細々と続いていた。





110周年の今年、墓参会は、ニューヨーク仏教会の副住職のお経で始まり、参加者が次々に花を供えた。





在ニューヨーク日本国総領事館総領事の山野内勘二大使は、墓参会に参席し、こう語った。





「今日の日本コミュニティを築いた先人に敬意を捧げたい。ここに眠る先人の方々の夢、たゆまぬ努力のお陰で、今日の日米関係、ニューヨークの日系コミュニティは発展した」





真珠湾攻撃ののち、日系人が「敵国人」と見なされ、強制収容所に入れられたり、自宅監禁に追い込まれた際、日本人墓地はマウント・オリベット墓地の管理下となり、現在もそれが続いている。





ニューヨーク日系人会事務局長の野田美知代さんは、こう話す。





「マウント・オリベット墓地とは良好な関係を保っているが、今は墓地全体で新たな埋葬は受け付けていません。現在、日系人で亡くなった方は、ニューヨーク仏教会と日米合同教会が管理する墓地がサイプレス・ヒル墓地というところにあり、そこに埋葬をしています」









▲写真 読経するニューヨーク仏教会のイザベル・シンジョー・バーナード副住職と、お焼香をあげる参加者 Ⓒ津山恵子





高見氏が設立した紐育日本人共済会は、1914年に発足した「紐育日本人会」に合併された。現在のニューヨーク日系人会の前身である。紐育日本人会は1941年の開戦で、米政府により解体・凍結されるまで、ニューヨーク地域における日本人・日系人の唯一の相互互助団体だった。





戦後の1946年、自宅監禁などから解かれた日系人は、「日本救援紐育委員会」を新たに設立。アジア救済連盟(ララ、LARA=Licensed Agency for Relief in Asia)を通じて、敗戦下の日本に対し、295トンに上る粉ミルクや粉卵、綿布などの物資を5年間にわたって送り続けた。出費の総額は、当時の価格で16万ドル相当に上ったという。





その後、日本が復興するにつれ、ニューヨーク在住日系人・日本人の福祉向上と相互扶助に目的を変え、1950年、現在の「ニューヨーク日系人会」に改名した。





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