知られざるトラテロルコの虐殺 それでも五輪は開催された その1
Japan In-depth / 2021年6月23日 7時0分
ただ、これも「五輪を開催するために反対派を虐殺した」ということではなかった、ということは見ておく必要があるだろう。
もともと1960年代のメキシコでは、経済発展の影の部分とでもいうべき貧富の格差が拡大し、そのことに対する不満の声も、やはり拡大する一方であった。
これに対して当時の政府は、武力で反体制派を弾圧することを厭わなかった。弾圧の犠牲者の総数は今に至るも明らかになっていない。今では一連の弾圧を総称して、メキシコの穢れた戦争(Guerra sucia en Mexico)と呼ばれている。
ここでもまた、公平を期すために述べておかねばならないが、東京五輪の時と同様、メキシコシティ五輪のための巨額の公共投資は、短期的には反動による景気の悪化を招いたが、その後1970年代の経済成長への道を切り開く役割を立派に果たした。
中南米の多くの国が、20世紀の終盤から今日に至るまで、貧困と政治的混乱にあえいでいるのに対し、メキシコの治安はその後、目に見えて回復していったのである。
「国民の平均年収が1万ドルを超えると政治は静かになる」
などと言われはじめたのは、ちょうどこの頃でもあったようだ。
話を戻して、情報が統制されていたという事情もあって、このトラテロルコの虐殺は、五輪の熱狂の陰に隠れ、国際的な関心を引くということは、ほとんどなかった。
むしろ大会の最中に、陸上競技でメダルを獲得した米国の黒人アスリートが、表彰式で人種差別に抗議するパフォーマンスを行った「ブラックパワー・サリュート」の方が国際的に注目された。当時小学生だった私も、TVニュースで繰り返し見て、なんとなく抗議した側に共感を覚えたものだ。いくらなんでも日本の小学生が、背景にある米国の人種差別問題まで理解できたはずはないので、今思えば日本の子供らしい判官びいきの心情だったのかも知れない。
この話は、次回あらためて。
トップ写真:トラテロルコの虐殺犠牲者に捧げられた石碑(メキシコシティ・ラス・トレス・クルトゥラレス広場) 出典:Frédéric Soltan/Corbis via Getty Images
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