ブラックパワー・サリュートの背景とは それでも五輪は開催された その2
Japan In-depth / 2021年6月26日 11時47分
▲写真 1963年のワシントン大行進で演説するマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(1963年08月28日) 出典:Getty Images
ともあれこうしたことから、アフリカ系の学生らの間からは、
「非暴力主義の穏健な公民権運動では、白人たちは聞く耳など持たない」
という声が上がり、武装闘争へと傾斜する者が次第に増えてきた。かくして1965年、イリノイ州においてブラック・パンサー(党)が旗揚げされたのである。
▲写真 1970年、ボストンの郵便局前広場で開催されたブラックパンサー党の集会の様子。 出典:Spencer Grant/Getty Images
彼らは黒人居住区(当時の米国では、そうしたものが公然と設けられていた)の青年たちに、ショットガンや火炎瓶で武装し、警官や白人至上主義者の暴力には武装して立ち向かうよう呼びかける一方で、貧困家庭の子供たちに対する給食など、慈善活動にも取り組んで支持を拡大していった。
当時の公民権運動を体験したり身近で見聞したりした世代のアフリカ系米国人にとっては、不愉快なたとえになってしまうかも知れないが、前世紀の終わり頃、イスラム圏において原理主義者たちが急速に支持を拡大したやり方とよく似ている。
さらに述べると、バスの座席から公園の水飲み場まで、白人用と有色人種用とに分けられるといった差別構造の中で、アフリカ系の大学生がいたということ自体、奇異に思われる向きがあるかもしれない。
実はこれには、当時すでに泥沼化の様相を見せていたヴェトナム戦争が関係している。
どういうことかと言うと、戦争反対の声が盛り上がる中、徴兵に応じて戦場に赴いた帰還兵には奨学金を支給する、という政策がとられたために、白人の大学生が徴兵カードを焼き捨てる挙に出た一方で、アフリカ系の大学進学率が上がるという現象が起きたのである。
ヴェトナム戦争においても、1968年はひとつの転機となった年であった。
1月末、当時の南ヴェトナムで共産ゲリラが蜂起し、米国大使館が一時占拠されるなど、世界中に衝撃を与えた。世にいうテト(旧正月)攻勢だが、これについては、
「軍事的には共産軍の敗北、政治的には米軍の敗北」
と総括されている。蜂起はいずれも鎮圧され、米軍による報復の空爆は苛烈さを増したが、最終的には共産軍が勝つのではないか、との観測が広まっていったのである。
こうした背景から米国内においても、ヴェトナム反戦運動と人種差別反対運動が同時進行的に盛り上がって行き、ついには冒頭で述べた「ブラックパワー・サリュート」に結びつくのである。サリュートとは敬礼の意味で、黒い手袋をはめた拳を突き上げるポーズからこう呼ばれたが、当時の感覚では、揶揄する意味合いが強かったようだ。
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