五輪・スポーツの描かれ方(上)忘れ得ぬ一節、一場面 その5
Japan In-depth / 2021年7月31日 23時0分
「せっかくチケット当たったと思ったのに、なんでサッカーなんだよ」
「なかなか点入らないし、ありゃ人気出ないな」
などと言い交しながら家路につくシーン。まあ、当時の日本におけるサッカーの認知度は、本当にこの程度であったかも知れない。
▲写真 東京オリンピック サッカー三位決定戦 独vsアラブ連合共和国(1964年10月23日) 出典:Photo by Bettmann Archive/Getty Images
もうひとつ、航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルーインパルス」が、東京上空に五輪を描くシーン。映画の中で、三丁目の人々も総出で空を見上げていたが、6歳だった私も実際にこの五輪を仰ぎ見た記憶はある。
今次もブルーインパルスが出たものの、前回ほどには盛り上がらなかったようだ。開会式さえ無観客で、しかも前回紹介した通りのグダグダでは、無理もない。
この映画や原作の漫画を読んで、まず思わされることは、
(やはり当時の日本人は、みんな上を向いていたのだな)
これに尽きる。昭和30年代のノスタルジーと言うと、
「貧しかったけれど、のどかで楽しかった」
と考える向きも多いようだが、それは間違いである、とも主張し続けてきた。
敗戦後の貧しさから劇的に脱していった時期であり、その分みんな猛烈に働いていたことは、労働時間や賃金・物価紙数などの経済指標を見れば一目瞭然なのである。
山口瞳の直木賞受賞作『江分利満氏の優雅な生活』は、まさにこの時代のサラリーマンの暮らしを描いた、自伝風のようなエッセイ風のような、いささか変わった小説だが、こんな一節がある。
「残業手当が本給を上回って、だからたしかに所得倍増なのだが、疲れるから帰りに飲んだり、車で帰ったり、出張の際に一等寝台をおごったりと、結局そうはプラスにならない」(新潮文庫版より抜粋)
また、映画にもちらと出てきたが、肉屋のオヤジがトランジスタラジオのイヤホン(なんだそれ、と今言ったガキ、もとい、若い読者は、検索していただきたい笑)を耳にさしっぱなしにして、株価をチェックしたりする。仕事より蓄財に精を出しているという意味で、多分に皮肉がこもっていたのであろうが、ボディビルをもじった「マネービル」という言葉も、当時は流行語になっていたようだ。
こうした人たちのおかげで、当時の日本経済が拡大局面を維持することができ、高度経済成長期を下支えしたこともまた事実で、そうであるからこそ、仕事の後の一杯、というささやかな幸福だけで満足し、金銭には恬淡としている三丁目の人々の姿を見て、ある種の心地よさを得られるのではないだろうか。
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