「年賀状は願いを込めた小文学作品」 続:身捨つるほどの祖国はありや12
Japan In-depth / 2021年12月14日 18時0分
それでも、「墨痕鮮やかな年賀状をいただき」と返事をくれた友人がいた。だが、彼ももう亡くなって何年にもなる。
目の前に平成8年から去年までの年賀状のコピーがある。途中、喪中で欠礼したことが二、三回、その他にも、印刷して準備万端整えていながら、5,000枚を廃棄したこともあった。あれはなぜだったのか。もちろん覚えている。私は、そのとき、膨大な量の年賀状を目の前に見ながら、或る理由で出すのが嫌になったのである。そんなことがあった。
平成8年の年賀状は転居を伝えている。生まれてから32年の間に14回の引っ越しをし、その後の14年間は動くことがなかったとある。輪島の朝市で「時雨れる」という美しい言葉の意味を、頭や肩や背中で感じたとも記している。
翌年には、タワーブリッジが出てくる。ロンドンで飲む紅茶の美味しさを報告しているのだ。
▲写真 ロンドンのタワーブリッジ 出典:Photo by Grant Smith/Construction Photography/Avalon/Getty Images
高校の同窓会も出てくる。あのとき会った同級生の一部は、もうこの世にいない。
そしてニューヨークでの長期滞在と谷崎潤一郎の全集を毎晩読んでいるとの報告。長いエスカレータを歩いて昇っていること。これも最近は禁止されつつあるようだ。時勢である。
平成10年には、初めて小説を出したと言わないではいられなかったようだ。4回目の丑の年とあるから、48歳になる年だったことになる。そのとおり、私は47歳のときに最初の小説『株主総会』を出したのである。
コンコルドにも乗っている。ニューヨークからパリへの航路だった。もう飛んでいない。
平成12年には、香港で酔っ払い海老を食べたと報告している。よほど美味しかったのだろう。この年には恵比寿のガーデンプレイスにある小さなお城のようなレストランでのランチにも触れている。そういえば、フランス人の友人と二人だったと思い出す。
平成14年にはパリでミラボー橋を渡った報告だ。今でも周辺の風景を覚えている。
翌年にはピカソ美術館へ行ったとある。あのときのことは小説にも書いた。大きな目標を抱えているともある。実現しなかった。それどころではないことが、この年には起きたのだ。
▲写真 パリのピカソ美術館 出典:Photo by Thierry Chesnot/Getty Images
間をおいて平成18年の年賀状は、山王パークタワーへの事務所移転を知らせている。それまでは約20年間、南青山のツインタワーにいたのである。1985年、昭和60年からのこと。いずれあのビルも取り壊されるのだろう。どんどん街の風景が変わる気がしているが、なんのことはない、自分が年齢を重ねて昔からの記憶がどんどん積み重なっているので、比較対象の数が多いだけである。
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