「石原慎太郎さんとの私的な思い出 1」続:身捨つるほどの祖国はありや 14
Japan In-depth / 2022年2月15日 11時0分
一年どころか何年も待たせたあげく、結局私は石原さんの望むものを書かなかった。最後には、「もう芥川賞の委員を辞めるのでね」と、わざわざご挨拶に私の今の事務所に来てくださった。記録によれば2013年にお辞めになっているから、そのころのことだったのだろう。石原さんという方は、そういうなんとも律儀な方だった。
「君の事務所、見せてくれよ」と初めに私の事務所にいらしたときのこと、食事をした近くのシティクラブ・トーキョーから歩いて数分のところまでの間、いっしょに歩いていると人々が振り返ってみる。ことに横断歩道で立ち止まると信号待ちの人がみな石原さんを見上げていた。
事務所の部屋で、石原さんは、「三島さんは頭のいい人だったな」と私に向かってつぶやいた。しみじみとした調子、様子だった。その時、私は、「もう石原さんはどうやっても三島さんにかないませんよね」と言った。余計なことを口にした。
「なぜだ?」
石原さんは少しむきになって質した。
「だって、三島由紀夫は45歳で腹を切って死んじゃったでしょう。石原さんは生きのびてしまった。もうどうにもならないじゃないですか」
そう答えた私に、石原さんは、
「うるさい。死にたくなったら俺は頭から石油をかぶって死ぬよ」と答えた。
私は、石原さんの三島由紀夫に対する複雑な思いを想像していた。
かたや東大法学部を出て大蔵官僚になってみせ、あげくに作家になった男、石原さんは一橋大学にはいって人気作家に躍り出た男。
石原さんの一橋について、私は不思議に思っていることがある。彼は、なぜ一橋に入学したのかについてだ。石原さん自身は、父親が亡くなったこと、弟、のちの石原裕次郎が家にある金目のものを持ち出しては換金して遊び興じていたことをあげ、父親の知り合いに、新しく公認会計士という職業ができた、これは高い報酬がもらえる、と言われたと説明している。そのためには一橋だと。
しかし、彼が入学したのは法学部である。公認会計士になるのなら商学部に決まっているのではないか、と私はいまだに疑問に思っている。本人にたずねたことはない。
▲写真 三島由紀夫(1969年頃) 出典:Photo by Bernard Krishner/Pix/Michael Ochs Archives/Getty Images
石原さんと三島由紀夫のこととなれば、どうしても『三島由紀夫の日蝕』(石原慎太郎 新潮社1991年刊)になる。1956年から1990年にわたって書かれたこの本には、石原さんの三島由紀夫論が語り尽くされていて、それが実は、石原さんの自己分析論になってしまっているのだ。田中角栄について書いた『天才』と同じである。小説家は自分について書くことしかできはしない。
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