独裁者の計算と誤算(上)「プーチンの戦争」をめぐって その1
Japan In-depth / 2022年3月20日 23時0分
いずれにせよキエフ大公国が歴史の中で存在感を示し始めるのは、オレグの息子ウラジーミル1世の治世においてである。彼は三男だが、三兄弟の後継者争いに勝ち残った。
987年から988年にかけて、ビザンチン帝国で大規模な内乱が起きたのだが、この際ウラジーミルは6000名の兵士を派遣して皇帝を助けた。その見返りに、皇帝の妹を妃に迎えることになったのである。
彼はもともと無宗教だったが、この結婚を機に、ビザンチン帝国の宗教であったキリスト教に入信し、キエフ公国においてもキリスト教を国教とした。当時の感覚で言うなら、これで「文明国」の仲間入りを果たしたことになったのであろう。
最盛期には黒海の北方一帯からバルト海沿岸までを版図としたキエフ大公国であったが、内部分裂で弱体化し、ついには1241年、モンゴルの軍門に降った。
ただ、モンゴルの支配はまことに穏健なもので、年貢さえ納めれば信仰の自由は保障された上に、教会(キリスト教会は11世紀にローマのカトリックとコンスタンチノープル=ビザンチン帝国の正教会とに分裂していた)に対しては、その年貢さえ免除していた。
そうした事情もあって、キエフ大公国は歴史の表舞台から消えることとなったが、キ正教会の文化的伝統は生き残った。
そして1325年、北方で興った「モスクワ大公国」が、急速に軍事力を強化してモンゴルに対する年貢の支払いを拒否し、事実上の独立を果たした。その後、正教会の総本山もモスクワに移される。
このモスクワ大公国こそが後の「ロシア帝国」で、詳細まではとてもここで書ききれるものではないが、18世紀以降、ロシアは自らをスラブ文化圏の盟主と位置づけ、ウクライナを属国扱いするようになった。
公平を期すために述べておけば、ロシアこそがキエフ大公国の正統な後継者である、との学説を開陳する歴史家はロシア内外に数多くおり、必ずしもプーチン大統領ひとりの勝手な思い込みとは言えない。ただし異説も多く未だ「諸説あり」の状態にあるというのが本当のところだ。
いずれにせよこのような「歴史問題」が、武力で現状を変え、独立国の主権を侵害する大義名分になど、なろうはずがない。
このように、プーチン大統領の今次の行動が、およそ常識からかけ離れたものであったことから、彼は精神に異常を来したのだと見る向きもあった。
私は、この見解は事実に反するものと考える。
彼は、10年単位で「ロシア帝国再興」の構想実現に向けての準備を続け、具体的な経緯は本シリーズを通じておいおい検証して行くが、
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