陰謀説の危険 その3 日本を傷つけた捏造文書
Japan In-depth / 2022年5月30日 15時29分
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・陰謀説文書「田中上奏文」は「日本による世界征服の計画書」と受け止められ、全世界で日本のイメージを一気に悪化させた。
・戦後、捏造だと立証されたが、中国はその後も歴史教科書で事実として教えてきた。
・捏造文書には「アメリカを倒さねばならない」とも書かれていた。陰謀説は一国の運命を変えるほどの重大な危険をも発揮しうる。
近代の世界の歴史までをも変えたとされる陰謀説の紹介を続けよう。
第一はこの連載の二回目の記事で伝えたユダヤ陰謀説の原典、「シモン賢者の議定書」だった。
第二の歴史的に広く知られた陰謀説文書は「田中上奏文」である。この捏造文書は日本をまともに傷つけた。
1929年ごろから中国で広範に語られるようになったこの「田中上奏文(メモランダム)」はまずアメリカで誕生した。その内容は当時の日本が中国の軍事支配、さらには全世界の制覇までを狙っているのだという帝国主義的な野望を示す記述だった。
アメリカで生まれた後、すぐに中国に流され、反日の最大宣伝材料のように幅広く官民に伝播した。やがてヨーロッパへも広がった。その結果は全世界規模の日本への敵意や反感のエスカレートだった。
この文書も後に完全な捏造だったことが証明された。だがすでに遅し、という部分も大きかった。中国や欧米ではその捏造文書に記された日本の野望を事実と受けとり、官民の両方のレベルで日本への敵対や憎悪を燃え立たせる効果を生んだからである。
この捏造文書は第26代内閣総理大臣の田中義一が1927年に昭和天皇へ「極秘に呈した上奏文」の翻訳であるとされていた。具体的には「中国の征服には満蒙(満州・蒙古)の征服が不可欠で、また世界征服には中国の征服が不可欠である」という意見の上奏だとしていた。だからこの文書は「日本による世界征服の計画書」だとされた。
1927年といえば、昭和2年である。日本は現実にはこの時点で中国大陸での勢力拡大という動きはみせていなかった。中国では国民党の蒋介石が南京に新政府を樹立していた。その蒋介石もこの年には日本を訪問し、中国共産党との闘争への日本の協力を求めていた。
日本は中国大陸ではアメリカやイギリスとの関係もまだ対決はなく、両国が日本と共同で自国の国民や権益を守るために出兵するという行動までとっていた。だが「田中上奏文」なる偽文書がその日本のイメージを一気に変えたのだった。とくに中国では国民党、共産党の別を問わず、この偽文書に依存して、日本を邪悪な世界征服企図者として描いていった。根拠のない陰謀を記した捏造文書を事実として扱ったのである。
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