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アラブは部族社会ではない  異文化への偏見を廃す その5    

Japan In-depth / 2022年7月28日 12時13分

 話を戻して、アラブの男性の多くが、模様の入った布で髪を覆っているのを、映像などで見たことがおありだろう。一般にアラブの民族衣装だと思われているが、元をただせばシグと言い、ベドウィンが好んで着用するスカーフの一種である。


 頭に巻いて、直射日光から保護する効果もあるが、砂嵐の時など、顔の下半分を覆うこともできる。


 模様も、実は氏族によって異なるので、戦闘の際には敵味方識別の効果もある。スコットランドのキルトの模様も、日本ではタータン・チェックとして知られているが、あれもまた氏族によって模様が異なるのだ。


 今、戦闘という言葉を用いたが、彼らベドウィンの生活は、定期的に農村を訪れては羊を売り、代わりに穀物や日用品を買うという形で成り立っていたが、もうひとつ、略奪も大いなる収入源であった。


 都市の経済活動は、交易に依るところが大きかったわけだが、その担い手はキャラバン(隊商)であったことはよく知られている。


 船を用いての海上交易が、海賊に襲われるリスクと背中合わせであったように、砂漠を行くャラバンは、常にベドウィンに襲撃されるリスクを背負っていた。『月の沙漠』の世界観は童謡の中だから成立するので、本当に王子様とお姫様が護衛もなしに旅に出たら、まず生きては戻れなかっただろう。


 しかも度しがたいことに、ベドウィンの「生活の知恵」とは、自分たちより大人数のキャラバンは襲わない、というものであった。このこともまた、氏族長を頂点とするピラミッド型の組織を維持しながら人数を増やして行く動機になった。


 さすがにそれは偏見ではないか、と感じた読者もおられようか。実は私も同じように考え、若林博士に質問を投げかけた。答えは端的に、「偏見ではありません。ファクトです」というものだった。


 博士は19世紀のTIMES紙まで調べて、彼らの生態についての報道や報告をフォローして、こう言い切るのだ。


 専門家による「ファクトチェック」を経た情報なのである。古来ベドウィンによる略奪は、世界的に知られるところで、最大の被害をもたらしたのは、1757年にメッカに向かう巡礼団が襲われ、2万人近い死傷者を出した事件である。


 信仰の点で、そのようなことが許されるのか、との疑念も沸いたが、考えてみれば、ヤクザの事務所には決まって神棚が置かれているし、マフィアは皆、敬虔なカトリックだ。


 第二次世界大戦後、略奪のニュースに接することが減ったが、これは単純に、航空機や自動車によるパトロールが行われるようになったからに過ぎない。


 次回は、宗教とお金の問題について考察する。


<解説協力>:若林啓史(わかばやし・ひろふみ)


1963年北九州市生まれ。1986年東京大学法学部卒業、外務省入省。


アラビア語を研修しイラク、ヨルダン、イラン、シリア、オマーンなどの日本大使館で勤務。


2016年より東北大学教授。2020年、京都大学より博士号(地域研究)。『中東近現代史』(知泉書館)など著書多数。


『岩波イスラーム辞典』の共同執筆者でもある。


朝日カルチャーセンター新宿校にて「外交官経験者が語る中東の暮らしと文化」「1年でじっくり学ぶ中東近現代史」を開講中。いずれも途中参加・リモート参加が可能。


(その1,その2,その3、その4)


トップ写真:ラクダと一緒のベドゥイン 2016年11月16日 ヨルダン


出典:Photo by Frédéric Soltan/Corbis via Getty Images


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