チリ「世界で最も進歩的な憲法案」なぜ否決?
Japan In-depth / 2022年9月17日 23時0分
山崎真二(時事通信社元外信部長)
【まとめ】
・チリで社会格差是正や男女平等の完全確立を目指す画期的な憲法草案の国民投票、大差で否決。
・国民の多くが新憲法草案の「急進性」を懸念したことが最大の要因。
・自由選挙で社会主義政権が誕生したチリの国情からして、国民の改憲要求が再活発化する可能性も。
■2倍超の大差で草案に「ノー」
9月4日のチリ国民投票で廃案と決まった新憲法草案は、人権侵害で国際的にも批判を浴びたピノチェト軍政下の1980年に制定された現行憲法に代わるもので、選挙で成立した同国制憲議会で作成された。
草案には公職におけるジェンダー平等の確立、先住民の権利保障、社会保障への国家関与の増大など、世界各国の人権団体や女性団体から高く評価される内容が盛り込まれていた。
ミシェル・バチェレ前国連人権高等弁務官が“世界で最も進歩的な”憲法案として賞賛するなど、国際的注目を集めた。加えてチリ制憲議会が議席数を男女同数にし、先住民の参加を原則とする方法で運営された点でも極めてユニークだった。
だが、フタを開けてみれば反対68%、賛成32%という大差でチリ国民が「ノー」を突き付ける結果となった。事前に反対が賛成を上回りそうだとの世論調査が伝えられていたものの、これほどの大差がつくとはチリ国内でも予想外のことと受け止められている。
■「国家の分断招く」との懸念強まる
なぜ、これほどの大差で否決されたのか。
チリの政治専門家の多くがほぼ一様に「草案内容の“急進的傾向”に有権者がついていけなかったため」(チリ・カトリカ大政治学者)と分析している。現地のメディアは具体的な例として、草案でチリ国家を「多民族国家」とし、先住民に自治権や独自の司法権を認めると明記されたことに対し、「国家の分断を招く」との懸念が増したことを挙げている。
また、現行の上下両院のうち、上院を廃止し「地方院」に変更し、その機能を限定するとされた点に関しても「議会の機能が損なわれる」などといった批判が続出、「現行の国家制度や政治システムが急激に変わることへの不安と反発は予想以上に大きかった」(現地有力紙「ラ・テルセラ」記者)ようだ。加えて、カトリック教徒が大半のチリ国民にとって人工妊娠中絶の権利を事実上容認する記述がなされたことにも反対が強かったと推測される。
さらに、新憲法草案をめぐって左派のボリッチ大統領の連立与党と、右派や中道右派を中心とする野党勢力の意見対立が先鋭化する中、草案反対派からの意図的な偽情報が急増したことも、大差での草案否決につながったとの意見もある。
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