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神も仏も酒が好き(下)酒にまつわるエトセトラ その6

Japan In-depth / 2023年1月31日 11時0分

この「菊正宗」も、やはり灘に本拠を置く嘉納家が蔵元(厳密に言うと、菊正宗酒造を創業したのは分家)で、この嘉納家も明治以降は、酒造以外の事柄でその名を知られるようになった。


ひとつは、講道館柔道の創始者・嘉納治五郎を輩出したことと、いまひとつは、彼が毎年多くの東大合格者を出すことで知られる灘中学(現在の灘高・灘中)を創立したことだ。


もともと治五郎の父・治郎作も、幕末の動乱期に勝海舟に説得されて、神戸海軍操練所の設立に資金を拠出した。その縁で、明治政府から招かれて上京し、当時9歳だった治五郎は東京で教育を受けるようになった、という経緯である。


東京オリンピックについてのシリーズでも触れたが、東大出の教育者でもあった嘉納治五郎は「精力善用」をスローガンに掲げて体育の充実を訴え、1940年のオリンピックを日本に誘致したことでも知られる。日本が戦時体制に移行し、さらには第二次世界大戦が勃発したことにより、大会そのものが中止となったが。


その後アジア太平洋戦争で日本は敗戦の憂き目を見たわけだが、酒の歴史においては、沖縄の地上戦で同地の酒蔵が壊滅的な打撃を受け、古酒(クースー)の多くが失われたことが挙げられる。


本土でも、酒の流通どころではなくなり、本物の酒は通貨と同様に扱われた。


つまりは、本物でない酒が大量に出回ったわけだが、当時の世相を描いた小説等を読むと、しばしばメチルアルコールの名を目にすることになる。


消毒用エタノールの別名だが、たしかにアルコールの一種だから、酒の代用になったのかも知れない。しかし、視神経に有害な物質が含まれていることから、飲むと失明する、という話もかなり広まっていたようだ。だったら飲まなければよいのに、と思うが、それでは済まされないのが酒の魔力というものなのだろう。


そのような時代を経て、日本は国際社会に復帰し、強大な経済力を持つ国として世界から認知されるまでになった。


平行して日本酒の輸出額も右肩上がりとなり、特に今世紀に入ってからは毎年過去最高額を更新し続ける勢いだ。幸か不幸か、新型コロナ禍で「家飲み」が増えたことも関係していると聞く。


最大の輸出先は米国であったが、2021年に中国に取って代わられた。伸び率で言うとフランスが最高となっている。


こうした背景から、スパークリングの日本酒や、ウォッカ並に度数の高い銘柄も見受けられるようになった。そんなものは日本酒ではない、などと言う人もいるようだが、私の考えはまったく異なる。


ここまで読まれた方には、今更くだくだしい説明も不要だろうが、日本の酒と言っても昔と今とではまるで別物だし、長い試行錯誤の末に現在の姿となったのである。諸外国の様々な酒も同様だ。


どうしても「日本古来の酒」だけを飲みたいと言うのであれば、巫女さんに米をよく噛んでから吐き出してもらい、あとは自然発酵するのを待つしかない。


これはあながち冗談ごとではなくて、嗜好品にこだわりを持つのはよいが、度を超すと嫌みにしかならない。


次回は、ワインに絡んで、その話を。


(つづく。その1、その2、その3、その4、その5)


トップ写真:姫路市灘菊庄造酒造に置かれている日本 出典:Photo by Buddhika Weerasinghe/Getty Images


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