ワグネルとイスラム国(上)ロシア・ウクライナ戦争の影で その4
Japan In-depth / 2023年7月29日 11時0分
そもそもこうした存在自体、非戦闘員に危害を加えることと、正規の軍人でない者が戦闘に参加することをともに禁じたジュネーブ条約に違反するのではないか、との議論もある。
民間軍事会社の「社員」は軍人ではなく、と言って一般市民と見なすことはできない。国際法上グレーゾーンの存在だと述べたのは、具体的にはこのことを指している。
一方で、正規軍とは別に、権力者が私兵を組織するというのは、近現代ではいくつか例がある。最も有名なのは、ナチス・ドイツの武装親衛隊だろう。あれは国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の私兵であり、親衛隊という呼称は、当初アドルフ・ヒトラーの身辺警護を主任務としたことに由来する。
サダム・フセイン時代のイラクにも、国軍とは別に大統領警護隊という組織があった。
ソ連邦でも国家親衛隊が組織されていたが、こちらは正規軍の中の精鋭を特にこう名づけ、給与や装備を優遇したものである。平等を国是とするはずの社会主義国家に、こうした組織が登場したことに、資本主義諸国は首をかしげたものだが、一部の親衛師団・旅団の名はロシア軍にも引き継がれている。
軍事会社についてさらに言えば、前述のように軍事の形態が複雑化し、かつ国際情勢の変化に伴って、容易に「出兵」できなくなったという事情から、欧米では数多く登場している。
漏れ聞くところによると、ウクライナでも旗揚げされており、それも、ワグネル(=ワーグナー)に対抗して「モーツアルト」を名乗っているとか。
ここまでくると判じ物……と言いたいところだが、実はこのワグネルという名称もまた、彼らの存在自体が物議を醸すこととなった原因のひとつなのだ。
なぜならば、プリコジン氏と共にワグネルを立ち上げた(と言うより、事実上の最高指揮官と呼ばれる)のが、ドミトリー・ウトキンという人物である。
1970年生まれ。ロシアで生まれ、ウクライナで育ったが、ロシア軍に志願し、空挺部隊や特殊部隊に属し、二次にわたるチェチェン紛争をはじめ幾多の実戦を経験して、二度も勲章を授与されるという、軍人としては実に輝かしいキャリアの持ち主だ。特殊部隊の連隊長を勤め、中佐まで昇進している。
その彼だが、ナチス武装親衛隊が用いた「鷲の徽章」のタトゥーを入れており、ネオナチだと目されていた。
そのような人物に率いられたワグネルが、
「ウクライナがネオナチ国家と化するのを防ぐ」
との戦略目的を掲げた「特別軍事行動」において、重要な枠割りを演じたのは、いささか奇妙なようにも思える。
ただ、現在のネオナチとは、白人優位主義など極右思想の持ち主を総称する言葉に過ぎず、必ずしもナチス・ドイツの衣鉢を継いでいるわけではない。当然ながら「内ゲバ」もあり得る。それ以上に、米国の『ウォールストリート・ジャーナル』紙などが、
「ワグネルは特定のイデオロギーのために戦っているのではなく、単に利権のため」
などと評したが、この見方がおそらく正しいのだろう。
そのワグネルが、なぜ反乱を起こすに至ったのか、その後の経緯も含めて、次回あらためて見る。
(その5に続く。その1、その2、その3)
トップ写真:サンクトペテルブルク国際経済フォーラムSPIEF2016に出席したケータリング会社オーナー(当時)、エフゲニー・プリゴジン氏(2016年6月17日、ロシア・サンクトペテルブルク)出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images
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