若者たちが福島をハブに世界へ飛躍する 坪倉研の使命
Japan In-depth / 2023年12月28日 0時0分
坪倉医師は、このことを身体感覚として知っている。それは、彼が飛躍したきっかけが、東日本大震災直後に福島県浜通りに飛び込んだことだからだ。彼は、被災地という「現場」でプライマリケアを担当し、その結果を数多くの医学論文としてまとめた。
震災当時、彼は私が主宰する東大医科研の研究室の大学院生だった。私が、福島入りを勧めたのは、それが社会の要請に応えることになるからだ。現場での試練は若者を鍛えるし、社会課題に真っ向から取り組む若者には、多くの応援団がつく。
2021年3月、米『サイエンス』誌は、彼の活動を5ページで特集した。地球温暖化が加速し、国際紛争が増加した。災害医療や被曝対策は、世界が注目を集める領域だ。『サイエンス』誌の扱いは、このような時代背景を反映したものだ。
現場から離れ、机上の空論を弄んでいても、このような体験はできない。これは私の原体験に基づく実感だ。私は、1990年〜2000年代にかけて、東京大学や国立がん研究センターなどで医師としてのキャリアを積んだ。その後、ノバルティス降圧剤事件やさまざまな研究不正、さらに科研費不正や贈収賄で責任を追及されることになる先輩医師や、医系技官と共に働いた。
彼らの関心は医療現場より、「実験」や「国策」にあり、お膝元の病院が、時代遅れになりつつあることを問題視しなかった。私には、彼らが誇る「巨大病院」が「戦艦大和」に見えた。
私は、あまりの認識の違いに驚き、なぜ、こうなるのか考えた。行き着いたのは、現場感のなさだ。私が所属した東大第三内科の血液グループの場合、多くの先輩医師は、医学部卒業後、短期間(多くは一年間)の外部病院の研修を終え、東大病院で「実験」していた。また、国立がん研究センターでご一緒した医系技官は卒業後、霞ヶ関に閉じこもっていた。そして、現場ではなく、ずっと彼らにとっての「本部」にいることを誇りに思っていた。
私は、2005年に東大医科研に研究室を立ち上げると、若者に対して、現場で修業するように勧めた。その際に留意したのは、優秀な理事長や病院長の存在、および病院の経営状況だ。全国一律の診療報酬体系を考えれば、都内より地方にこのような理事長・病院長は多い。現在、我々のチームの若手医師が、福島はもちろん、四国や九州の病院で「修業」しているのは、このためだ。
若手が成長するには、様々な環境で働いた方がいい。医療ガバナンス研究所では、若手医師は、私をはじめとしたメンターが仲介する形で、数年おきに勤務先を変える。国内外に留学することもある。
これは、我々のグループが、自前の「大病院」を抱えていないから出来る芸当だし、小規模なグループだからこそ、若手医師の個人的な事情に配慮した対応が可能となる。これが従来型医局との違いだ。このような仕組みは、若手医師を成長させながら、我が国の医師偏在を是正する。
今後、坪倉研も同じような組織体へと発展するだろう。坪倉研の特徴は、福島出身者が多いことだ。災害医療への関心が高まる世界の医学界で、彼らへの期待は大きい。若者たちが、福島をハブに世界へ飛躍することを期待したい。それを演出することこそ、坪倉教授の使命である。
トップ写真:右から二人目が川島さん、三人目が坪倉教授(筆者提供)
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