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鮎川義介物語⑤アメリカの技術で新しい自動車会社

Japan In-depth / 2024年1月4日 17時0分

ゴーハムは岸に対し、こう発言しました。





「私は、アメリカ方式をそのまま日本に導入して成功すると考えていましたが、実際はそうした方法ではなく、日本には日本の特徴があり、なかなか良い点も多い。日本の家内工業にも優れた特徴があることを忘れてはいけません。これらに順応していかねば、成功は望みえないのであります。私はアメリカ式の優れた点と日本式の良い点を組み合わせて、将来事業の成功に努力すべきものだと感じています」。





この日の創立パーティーには、ゴーハム以外の外国人も参加していました。彼らはゴーハムがGMやフォードから引き抜いた技術者たちです。





金属に圧力を加え、目的の形にする「鍛造」(たんぞう)技術の神様とも言われたジョージ・マザウェル。祖父の代からの鍛冶屋の名家で、のちにGMの副社長になる人物です。





さらに、GM出身で、プレス型設計のスペシャリストであるジョージ・マーシャル。上司に「マーシャルを手放すことはとてもつらい。しかし、彼自身のためには良いチャンスだ。もし彼が望むなら、帰るまでポストを開けておく」とまで言わせた技術者です。





鮎川は、このパーティーを開く直前、ゴーハムをアメリカに派遣し、自動車製造に必要な機械を調達するように指示をしました。





ゴーハムは、ミシガン州のフォード本社とGM本社を訪問し、工場を見学しました。また中古の機械類の大量購入にも成功したのです。





鮎川・ゴーハムの二人三脚がこの自動車会社の設立に結びついたのです。





(⑥につづく。①、②、③、④)





トップ写真:1930年頃、ミシガン州デトロイトフォード工場で組み立てラインにならぶ自動車(本文とは関係ありません)出典:Frederic Lewis / GettyImages




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