「男らが愉しげにいう週末の馬の名はどれも美し」文人シリーズ第8回「歌人・早川志織と競馬場のエロスな光景」
Japan In-depth / 2024年9月25日 15時0分
斎藤一九馬(編集者・ノンフィクションライター)
「斎藤一九馬のおんまさんに魅せられて55年」
【まとめ】
・女性華人の早川志織さんは1989年に角川短歌賞新人賞を受賞し、独特のエロスを感じさせる歌を詠む。
・彼女は初めて競馬場を訪れた経験を歌にしたが、競走馬の運命には気づけなかった。
・エロティックな感受性を持つ彼女の作品は、競馬の世界に新たな視点を与えている。
知り合いに女性歌人がいる。一九八九年の角川短歌賞・新人賞を受賞した早川志織さんだ。さわやかなエロスの香りが漂う彼女の歌に私は惚れ込んだ。たとえば代表作の歌集『種の起源』に、こんな歌がある。
そばかすを光の染みと思うとき男の首がしんと明るむ
君の背に散りて明るいそばかすをシャワーの湯気が煙らせている
色っぽくも、艶っぽくない男のそばかすを、いかにもなまめかしく歌う才能におどろく。甘酸っぱいエロスが立ち上がって来て、こちらは年甲斐もなく顔を赤らめる。
その彼女が、こんな歌を詠んだ。
男らが愉しげにいう週末の馬の名はどれも美し
彼女とは行きつけのライブハウスで知り合った。たまたまそのとき、カウンターは男たちの競馬談議で盛り上がっていた。彼女は話の中に出てくるサラブレッドの名を美しいと感じたのである。私の連れが彼女を競馬場に誘うと目を輝かせてうなずいた。明くる日、私たちはナイター競馬が開催されている大井競馬場にいた。以下は、初めて競馬場に足を踏み入れた彼女の歌である。
啓示とは一片の謎を秘めた数 予想屋が白い紙切れを撒(ま)く
「白い紙切れ」とは、場立ちの予想屋が売るレースの予想紙のことだ。予想紙といっても、駅のスタンドで売っている立派な競馬新聞ではなく、昔は名刺大に切った粗悪な藁半紙だった。スタンプで押印された馬番の数字は、彼女にとって「謎を秘めた啓示」に思えたのである。歌人の感性の瑞々しさに唸らされる。
歌中の「謎を秘めた啓示」を売る予想屋は、実在の人物だ。地方競馬最大の競馬場、大井競馬場で一番人気を誇る予想屋「ゲート・イン」の吉富隆安氏である。大井競馬の熱心なファンなら「ああ、彼か」とすぐ合点するほどよく知られた予想屋である。私の著作に『最後の予想屋 吉冨高安』(2017年・ビジネス社)がある。彼を主人公にしたノンフィクションだ。興味のある方はご購読いただければありがたい。
予想屋のスタンドを離れ、今度は馬が回遊するパドックへ。早川さんはパドック(レース前の下見所)でこう詠んだ。
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