新直木賞作家の伊与原新、科学のエッセンスが煌めく短編集で読者に見せたい景色とは
週刊女性PRIME / 2025年2月1日 6時0分
昨年の10月、NHKのドラマ『宙わたる教室』がスタートした。これは、伊与原新さんの同名の小説が原作。窪田正孝さん扮する研究者を辞めた男性が、理科教師として定時制高校に赴任してきたことから、ドラマは始まる。
教師は、それぞれに事情を抱えた生徒たちを“科学部”に誘うが、一筋縄ではいかない彼らがどんな化学変化を起こすのだろうか……。
原作者の伊与原さんは、
「昨日は試写会でした。文章ではわかりにくかった実験の説明が、映像だとばっちりわかります。スタッフは、何回も実験をやってくださって“われわれも科学部ですよ”っておっしゃっていました」
と、楽しそう。
伊与原さん自身も、研究職を辞めた元科学者。『月まで三キロ』など、科学と無縁だった人が科学に触れたことで、ものの見え方が変わり、人生に少し光が差す、そんな物語を書いてきた。
日本各地を舞台に思いを受け継ぐ5篇
最新刊『藍を継ぐ海』も、科学と人間のドラマだが、科学と出合うことで大切なものを受け取り、引き継ぐ物語が5つ収められている。
“萩焼”は、陶器の中でも人気が高く、柔らかい色合いとほっこりとした肌触りが優しい。この萩焼の味わいには見島という島の赤い土が欠かせないそう。
『夢化けの島』の舞台は、その山口県の沖合にある見島。地質調査に訪れた女性研究者と、見島土を求めて歩き回る青年が出会う。
「見島は溶岩でできた火山島で、日本列島の成り立ちに関わった島なんです。溶岩の島だから鉄分の多い赤い粘土質の土がとれる。そんな理屈は知らずに、ここの土を使い試行錯誤して生み出された萩焼の技法が、武士の時代から連綿と受け継がれています」
陶芸と地質学。触れ合うことで、お互いの世界が広がり、深まっていく。
『祈りの破片』は、長崎県の光っている空き家が、ピカドンではないかというミステリー仕立てでストーリーが展開する。
「広島に長岡省吾さんという地質学者がいました。長岡さんは、原爆投下直後の広島で、ひとりで瓦や石などの被爆資料を収集していました。それが原爆記念館の礎になったんですよ。彼の功績を忘れたくないと、架空の物語に仕立てました」
場所を長崎に移し、戦後80年を経て、思いは若者に受け継がれていく。
この短編集は、日本各地を舞台に、それぞれの豊かな自然、そこでの人々の暮らしを背景に描かれ、その土地の方言も物語に奥行きを持たせている。
落下した隕石(いんせき)を北海道まで探しにやって来たアマチュア天文学者に、隕石を見つけた女性がウソをつく『星隕(ほしお)つ駅逓(えきてい)』。ウソには切実な理由があった。
『狼犬ダイアリー』は、奈良県吉野に移住してきた女性が、オオカミの遠吠えを聞く。地元の少年と獣医の協力を得て、絶滅したはずのオオカミを追跡する。
「隕石は、1年に何百個って落ちていますが、日本の山の中に落ちたら、まず見つけられません。家の畑に落ちた、倉庫の屋根を突き破ったとかで、見つかることがあるくらいです。星や隕石が大好きなので、書いていて楽しかったです。
動物のテーマは、身近に感じます。オオカミと犬を掛け合わせた狼犬が、山里で飼われていたという伝承があるんです。まだ生きていたらいいなという願望も込め『狼犬ダイアリー』を書きました」
ウミガメの旅のように物語は悠久を旅する
表題作の『藍を継ぐ海』は、アカウミガメの産卵地である徳島の姫ヶ浦という漁村の話。中学生の少女・沙月が、未明に砂の中からアカウミガメの卵をとるところから、ストーリーは始まる。
孵化(ふか)した子ガメたちが一斉によちよちと海に向かっていき、波にのまれそうになりながら泳ぐ姿は、けなげだ。
子ガメは、黒潮に乗って太平洋を横断し、カリフォルニア沖で10年ほど過ごす。そして、海流を日本の海へとさかのぼり、さらに10年以上かけて大人のウミガメになると、メスは生まれた浜に戻ってきて、産卵するそうだ。
「ウミガメが、何十年もかけて長い距離を移動し、ちゃんと戻ってくるって不思議ですよね。体内に方位磁石を持っていて、方角がわかるからなんです。
僕は研究者時代、地磁気の研究をしていました。磁石のN極は北を向きますが、それは地球が大きな磁石になっているから。地球が出している磁気のことを、地磁気といいます。渡り鳥が渡ってくるのも、鳩の帰巣本能も、方角が正確にわかる磁気感覚があるから。産卵期に川に戻ってくる鮭も、ウミガメも地磁気を使って移動しています」
沙月は海岸で、散歩するカナダから来たネイティブ・アメリカンの青年と出会う。
「僕の好きな写真家でエッセイストの星野道夫さんが、“北米のネイティブ・アメリカンの言い伝えに、彼らの祖先は黒潮に乗って日本から来たというのがある”と書いています。海流を使うというのがいいですよね」
潮に乗り、ウミガメも人間も移動する。長い長い時間をかけて。
伊与原さんは、宇宙や天体が好きな子どもだった。高校生のときには、地球や惑星の勉強をして科学者になろうと思っていたそうだ。大学院修了後研究職を経て、作家としてデビューした。
「今も、科学者の人生が好きなんです。その世界が好きだというだけで研究をしているって、いいですよね。本書の物語を通して、彼らが見ている悠久の時間や自然、世界などに触れてほしい。それによって、世界が広がったり、豊かさを感じてもらえたらいいなと思います」
最近の伊与原さん
「最近、歴史が好きになりました。小説を書くためには、舞台になる土地の歴史や方言、産業なども調べます。科学のことは知っていても、陶芸のことやアイヌのことなど調べるほど面白く、興味を持つようになりました。
小説には、その土地の景色や文化なども書くようにしています。読んでくれた方が、そこに行ってみたいと思ってもらえたらうれしいです」
伊与原新(いよはら・しん)/1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。大学勤務を経て、2010年『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞。2019年『月まで三キロ』で新田次郎賞など受賞。『八月の銀の雪』は、直木賞候補となり、2021年本屋大賞6位に入賞。他に『オオルリ流星群』『宙わたる教室』『ルカの方舟』『博物館のファントム』など。
取材・文/藤栩典子
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
ウミガメ保護活動に文科大臣賞 食環協 環境美化教育最優秀校に4校決定
食品新聞 / 2025年1月29日 11時16分
-
遠軽町はちょっとしたフィーバー 直木賞受賞の伊与原新さん短編集「藍を継ぐ海」 短編の一つの舞台に
HTB北海道ニュース / 2025年1月16日 18時2分
-
【祝!直木賞決定】伊与原新『藍を継ぐ海』が第172回直木賞受賞!
PR TIMES / 2025年1月16日 10時15分
-
直木賞 伊与原新さん「藍を継ぐ海」遠軽町が舞台のストーリーも描かれた短編 札幌の書店で特設コーナー
HTB北海道ニュース / 2025年1月15日 23時32分
-
芥川賞に安堂ホセ、鈴木結生さん 直木賞は伊与原新さん
共同通信 / 2025年1月15日 20時15分
ランキング
-
1今年も大量廃棄「ご利益なんてない」売れ残った恵方巻きに疑問噴出、米不足も批判に拍車
週刊女性PRIME / 2025年2月5日 8時0分
-
2部屋を整理していたら、使っていない「クレジットカード」を3枚発見…!すぐに解約したほうがいい?
ファイナンシャルフィールド / 2025年2月5日 4時30分
-
3「五十肩」を最もスムーズに改善する方法…じっと安静はダメ
日刊ゲンダイDIGITAL / 2025年2月5日 9時26分
-
4函館のラブホテル社長が語る“ラブホ経営”の難しさ。「2日間部屋が使用できない」困った用途とは
日刊SPA! / 2025年2月3日 15時51分
-
5「那智の滝」で滝つぼ凍る 和歌山の世界遺産、白く雪化粧
共同通信 / 2025年2月5日 10時26分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください