なぜかTV放映されない『海がきこえる』 「ジブリ」の人気作も宮崎駿が認めなかった?
マグミクス / 2023年9月22日 20時10分
■ブランド力の高さを誇る「宮崎駿」とスタジオジブリ
宮崎駿監督の劇場アニメ『君たちはどう生きるか』は、2023年7月14日より公開が始まり、現在もロングラン上映が続いています。公開10週目となった9月17日時点で、興収81億6000万円を記録しています。
前作『風立ちぬ』(2013年)の興収120億円には及ばないものの、莫大な宣伝費を投じることなく、これだけの数字を残すところは、宮崎監督とスタジオジブリのブランド力の高さを感じさせます。また、劇中に出てくる大伯父が現在82歳になる宮崎監督自身、「下の世界」がスタジオジブリの現状を連想させることでも話題となっています。
一方で、9月21日にスタジオジブリが日本テレビの子会社になることが報道され、そのなかでスタジオジブリの後継者問題に再び注目が集まっています。
ジブリ作品は、これまでたびたび日本テレビ系列で放映されてきました。宮崎監督の『となりのトトロ』(1988年)や『天空の城ラピュタ』(1986年)を、幼い頃からテレビで観て育ったという世代は多いでしょう。
地上波テレビで放映された宮崎駿作品を調べてみたところ、7月に「金曜ロードショー」(日本テレビ系)で放映されたばかりの『風の谷のナウシカ』(1984年)が20回、『ラピュタ』『トトロ』は18回、『魔女の宅急便』(1989年)は16回でした。これらの人気作は、「金ロー」で放映されるたびにSNS上で盛り上がることでも知られています。
■夕方の放送で視聴率17%を超えた『海がきこえる』
宮崎駿作品が頻繁にテレビ放映される一方、ジブリ制作なのにテレビではあまり見ない作品もあります。その筆頭に挙げられるのが、「スタジオジブリ若手制作集団」による『海がきこえる』(1993年)です。
月刊誌「アニメージュ」に連載された氷室冴子さんの青春小説を原作にした『海がきこえる』は、1993年5月5日に日本テレビ系でテレビ放映されたスペシャルアニメです。16時から17時30分の放映枠にもかかわらず、関東地区で視聴率17.4%という驚異的な数字を記録しています。
原作小説の挿絵を描いた近藤勝也氏がキャラクターデザインと作画監督を担当し、『めぞん一刻 完結篇』『きまぐれオレンジロード あの日に帰りたい』(ともに1988年)を手掛けた望月智充監督が、外部監督として招かれています。宮崎監督と高畑勲監督は、制作にはタッチしていません。ジブリの将来を占う、試金石でした。
「宮崎・高畑には絶対つくれない作品」と鈴木敏夫プロデューサーが絶賛した『海がきこえる』ですが、初回放映の後は2011年に日本テレビ系で再放映されたきりとなっています。
DVD&ブルーレイ化はされており、今も根強い人気がある作品です。でも、なぜかテレビ放映されることはありません。
■もうひとりの巨匠・高畑勲の作品も「封印」状態
高畑勲監督作品『ホーホケキョ となりの山田くん』も、TVでの放映機会が少ない作品のひとつ (C)1999 いしいひさいち・畑事務所・Studio Ghibli・NHD
ジブリの長編アニメで、地上波テレビではほとんど放映されていない作品は他にもあります。高畑監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)です。劇場公開された翌年に一度だけ「金曜ロードショー」で放映されましたが、視聴率9.9%と奮わず、その後は地上波では放映されていません。
高畑監督作は『火垂るの墓』(1988年)が13回、『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)が9回、『おもひでぽろぽろ』(1991年)が8回放送されているのに比べ、極端に露出の少ない作品です。
興収結果と視聴率が思わしくなかったことに加え、原作マンガ『ののちゃん』が朝日新聞連載であることも要因だと思われます。読売新聞を中心にした読売グループである日本テレビでは、積極的にはオンエアしにくいようです。『アルプスの少女ハイジ』(フジテレビ系)など、日常生活を丁寧に描く高畑監督の円熟作だけに、地上波放映が一度きりというのは寂しいものがあります。
■『耳をすませば』を酷評され、宮崎駿が激怒
話を『海がきこえる』に戻します。『海がきこえる』の地上波放映が少ない理由は、いくつかあるようです。未成年である主人公たちが酒を呑むシーンが2度にわたってあり、どちらもカットできない重要な場面です。コンプライアンス的に好ましくないのでしょう。また、本編時間が73分のため、2時間枠の「金ロー」では放映しづらいというのもあるようです。
しかし、それだけが理由ではないように感じます。
高知にある私立高校を舞台にした『海がきこえる』のヒロイン・武藤里伽子のキャラクターが、それまでのジブリ作品のヒロイン像と異なり過ぎたことも少なからず関係しているように思えるのです。
東京から転校してきた里伽子は美人で成績もよく、テニスもうまく、たちまち学校中の注目を集めます。しかし、性格はわがままで、主人公・杜崎拓をさんざん振り回します。宮崎監督が描いてきたナウシカのような「理想の女性」像とは、真逆とも言える「リアルな女性」像だったのです。
「私、生理の初日が重いの」と男性主人公に面と向かって口にするヒロインは、宮崎アニメでは考えられない存在です。
氷室冴子さんの原作小説『海がきこえる』の文庫版の解説によると、社会学者の宮台真司氏は『耳をすませば』(1995年)の完成直後の宮崎監督と対談し、【『海がきこえる』のほうがずっと面白い、『耳をすませば』に感激するのは、小学生低学年以下とジジババだけではないか】と言ったところ、宮崎監督は激怒したそうです。
近藤喜文氏の監督デビュー作となった『耳をすませば』は、『海がきこえる』を観た直後の宮崎監督が、自身が考える恋愛青春ものとして脚本を書き、プロデュースしています。いわば、『海がきこえる』のアンチテーゼとして制作された作品です。宮台氏の発言は、受け入れ難いものがあったのでしょう。
歴史には「たら」と「れば」は禁物だと言われています。でも、ついつい考えてしまいます。もしも宮崎監督が「里伽子」というヒロインを認めていたら、もしも若手スタッフの演出スタイルを受け入れ、その後も新作を撮らせていれば……。スタジオジブリの歴史は、大きく変わっていたのかもしれません。
(長野辰次)
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