落ちながら戦ってる…! 『ガンダム』大気圏突入時の戦闘はどれ程ヤバいのか?
マグミクス / 2024年8月24日 6時25分
■「赤い彗星」あいつマジでやりやがった!
「ガンダム」シリーズにおいて視聴者を釘付けにするシーンのひとつに、大気圏(再)突入時の白熱した戦闘が挙げられるでしょう。シリーズ作品においてたびたび描かれてきました。
特にシリーズ史上初めてとなる『機動戦士ガンダム』第5話「大気圏突入」で行われた、「シャア・アズナブル」が率いるジオン軍部隊による「ホワイトベース」への奇襲は、そのなかでも最も過酷かつスリリングな場面として記憶されていることでしょう。
そもそも「大気圏突入」はなぜ危険なのでしょうか。
地球を周回する物体、たとえば現実世界における国際宇宙ステーションは、およそ時速2万8400km(マッハ24)という猛スピードで宇宙空間を飛行しています。軌道上に留まるには、このような速度でないと地球に落ちてしまうためです。つまり地球の重力圏をおもな舞台とする「ガンダム」シリーズにおいては、宇宙空間で止まって切り結んでいるように見えるMS同士も、実のところ常時、地球に引っ張られており、地球上から見れば相応の速度で移動しつつやり合っている、といえるのです。
そのような高速で地球の大気圏(定義にもよりますが高度100kmから80km以下)へ降下すると、空気の分子が機体に衝突し想像を絶する熱にさらされることになります。
これは、しばしば「摩擦熱」と誤解されますが、正確には「断熱圧縮」によるものです。高度が下がり空気が濃くなるにつれ、空気は機体の前面で押しつぶされるように圧縮されます。圧力が高まるほど温度が上昇する気体の性質から、軌道上に留まっていた物体がそのまま降下する場合、摂氏2000度以上の高温で焼かれることになるのです。
論理的には大気圏突入前、逆噴射によって十分な減速を行えば加熱を和らげ「ゆっくり降りる」ことも可能ですが、膨大な推進剤が必要となるため非現実的と考えられています。「宇宙世紀」においても、第5話を観る限りにおいては、ホワイトベースがそうした制動をかけた描写は見当たりませんでした。
さて、数ある大気圏突入シーンのなかでも、シャアのホワイトベース襲撃は際立って危険な作戦だったといえるでしょう。なぜなら、ホワイトベースは地球近傍の周回軌道から大気圏突入したのではなく、月と同じ軌道(地球を挟んで正反対側)にある連邦軍の宇宙拠点「ルナツー」から地球へ向かうという形で大気圏へ突入したためです。
つまりホワイトベースは「高度38万km(ルナツーの高度)の高さから地球へ飛び降りた」と解釈できます。この距離は十分に地球重力の影響圏内にあります。そのため少しずつ加速してゆくことになり、地球に達する時点での速度は少なくとも時速4万km(マッハ34)に達していたと考えることができます。ただしこれは推進剤の使用を物理的な最小限とした場合の想定であり、急いだ場合はさらに高い速度となっているでしょう。
また、この速度で大気圏突入した場合に発生する熱量は、低軌道から突入した場合の約2倍に達します(無論、事前にある程度、減速していた可能性はあります)。
高度を下げすぎてしまった「ザク」のパイロット「クラウン」は、大気圏突入時の熱に機体が耐えられず崩壊し戦死しました。攻撃前の作戦ブリーフィングで「このタイミングで戦闘を仕掛けた事実は古今例がない」「チャンスは2分のみ」と危険性が周知され、また作戦中も繰り返し引き返すように命令を受けていたことを考えると、この事故の主要因は深追いしすぎたパイロット・エラーであると考えてよいかもしれません。
なお、クラウンによる「助けてください! 減速できません!」というセリフに対して「大気圏から逃れるには減速ではなく加速しなくてはならないのだから矛盾ではないか」という疑問もあるようですが、ホワイトベースを追撃していたザクの速度も最大で時速4万kmに達していたはずです。クラウンのすべきことは「降下速度を打ち消す」ことであり、彼の主観においては減速するという考え方に矛盾は生じません。
もしクラウン機が大気圏へ突入せず何ら制動もかけなかった場合、ホワイトベースと足並みをそろえていたわけですから、地球をかすめるように通過した後は振り子のように、ホワイトベースが落下を開始した高度まで上昇、つまり地球を離れ再び月やルナツーと同じ高度38万kmの軌道まで上昇することになります(ホワイトベースが大気圏突入前に減速していなかった場合)。
「ガンダム」に搭乗していたアムロの状況もクラウンと同じでしたが、ガンダムには大気圏突入時用の装備と冷却装置が備わっており、彼は助かりました。恐るべきは冷静に解決策を探し出し、それを実行したアムロのパイロット適正の高さです。もしアムロがクラウンのようにパニックに陥っていたとしたら、いかにガンダムといえども冷却装置を起動できずに燃え尽きていたに違いありません。まさにパイロットになるべく生まれたような天才だといえるでしょう。
(関賢太郎)
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