手塚治虫の新聞連載作品は「愛らしかった」? 当時の紙面のまま復刻した編集者に聞く
マグミクス / 2020年12月25日 7時10分
■奇跡的に残された、連載当時のままの原稿
「マンガの神様」手塚治虫は、マンガ雑誌での連載などと並行して、新聞でもさまざまな連載作品を執筆していました。朝日新聞、中日新聞、赤旗日曜版、少年少女新聞など、さまざまな媒体で連載された手塚治虫の作品を、連載当時と同じオリジナル版として収録した『手塚治虫コミックストリップス』(888ブックス)が発売されています。
同書に掲載されている連載当時のマンガからは、独特の親しみやすい雰囲気を感じ取ることができます。手塚治虫の新聞連載にはどのような特徴や魅力があるのか、同書の企画・編集を手掛けた濱田髙志さんに聞きました。
* * *
ーー今回『手塚治虫コミック・ストリップス』に収録された作品の多くは、新聞連載当時の原稿をもとに復刻されたそうですね。これは非常に珍しいケースなのでしょうか?
濱田髙志(以下、濱田) 手塚先生は作品を単行本化する際に、原稿を切り貼りして新たに原稿を再構成することが多く、初出時のままの原稿が残されているのは稀なんです。
改編の理由はさまざまですが、例えば、連載時は締め切りに間に合わせるために思うように描ききれなかった部分を追加したり、その時代に即したセリフや時事ネタを上書きしたり……。あるいは、連載媒体ではコマの段組が三段だったものを単行本化の際に四段に変えたり、前回とのつながりをスムースにするために、扉ページや前回のあらすじを説明したコマをカットして描き足したりしています。
ところが、今回収録した『タイガーランド』(1974年)と『アバンチュール21』(1970年)については、原稿をコピーしたものを使って改編作業が行なわれていたため、初出時のままの状態の原稿が残されていたんです。これまでの単行本は改変された原稿を使用した出版でしたが、初出時のオリジナル原稿を使用して単行本が作られるのは、今回が初めてなんですよ。
ーー連載当時、新聞で読んでいた方にとっては特に貴重な復刻になりますね。
濱田 連載時に毎回楽しみに読んでいた読者にとって、初出時の印象はずっと残っていますし、できれば当時の状態のまま読んでみたいという方も多いと思うんですね。ただ、新聞となると掲載紙を再び手に入れるのが困難ですし、それこそ図書館で閉架棚から引き出したり、マイクロフィルムから複写するしか収集する術がありません。何しろ1号も欠けることなく、通年分がまとまって古書市場に出回る機会は少ないですから。
ーー連載当時の新聞を読んでいなかった読者も楽しめる要素としては、どんなところが挙げられますでしょうか?
濱田 まず紙面が大きい分、迫力があります。本書は3分冊から成る作品集ですが、そのうちの2冊は新聞掲載時と同サイズで、うち1冊は見開き80センチもあるんです。また作品によっては、初出時、吹き出しのなかのセリフがすべて手塚先生自身による書き文字でしたから、今回はそれも再現しています。手塚先生の書き文字って、どこかぬくもりがあって読みやすいんですよ。
単行本化の際にカットされた場面も複数ありますし、連載時ご覧になっていない読者にとっては、はじめて目にする場面が多いと思います。『手塚治虫漫画全集』などの既刊と並べて読むと、その大胆な再構成に驚かれるのではないでしょうか。
■誰でも楽しめる、親しみやすい作品が多かった
1974年から赤旗日曜版で連載された『タイガーランド』。連載時は横長のページ構成で、セリフは手塚治虫自身による手書き文字となっている
ーーメインの作品として収録されている『タイガーランド』と『アバンチュール21』は動物が主要キャラクターとして活躍する作品で、誰もが親しみやすい題材と感じます。
濱田 実は本書、当初は他社から出版する予定でだったのですが、コロナ禍の煽りを受けて企画が宙に浮いてしまいました。さて、どうしたものかと途方に暮れかけたところ、2020年春に手塚先生の初期作品集『手塚治虫アーリーワークス』を出版した888ブックス代表の吉田さんが「それならぜひウチで!」と言って下さり、出版が実現しました。
888ブックスで出版する決め手になったのが、『タイガーランド』『アバンチュール21』ともに動物キャラクターが活躍する点でした。物語はもちろん、その描線の愛らしさに惹かれたようです。
ーー手塚先生が連載した新聞は、朝日新聞、中日新聞から赤旗日曜版までさまざまですが、作品の内容に各紙の主張や政治的傾向といった影響はあまりなかったのでしょうか?
濱田 読者層や、新聞という限られた紙面での展開は意識されたと思います。何しろ横長の枠内で、コマ運びが通常のスタイルと違いますからね。各紙の主張や政治的傾向に合わせて作風を変化させたというよりも、媒体の変化に対する影響のほうが大きいのではないでしょうか。
実際、どなたでも普通に楽しめる作品になっていますし、特に赤旗日曜版に連載された作品は、読後に親子の対話が生まれるような、家族で楽しめる内容になっています。
ーーこれまで単行本化されていなかった作品も、今回初めて収録されました。それらのなかで特に注目すべき作品を紹介していただけますでしょうか?
濱田 収録作品はいずれも親しみやすい作品ばかりですが、メインとなる『タイガーランド』と『アバンチュール21』以外ですと、初単行本化の絵物語『どうなるくん』(1965年)、これまでの単行本では抜粋収録だった「さんわこどもしんぶん」版の『ケン一探偵長』(1958年)、近年原画が発見された『少女の友』のマスコットキャラクター、ピコちゃんの原画(1955年)を集めたパートがおすすめです。
今からこれらの掲載紙を集めようとしても困難なのは間違いないですから、こうやって作品集にまとめられて良かったと実感しています。それにしても、没後30年を経てもなお単行本未収録作品があるという点には、いつも驚かされるばかりです。機会があれば、ほかの埋もれた作品の発掘、出版も実現させたいですね。
※『手塚治虫コミックストリップス』は、888ブックス(ハチミツブックス)公式サイトなどで購入受付中です。
(C)手塚プロダクション
(マグミクス編集部)
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