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アニメがヒットしても、アニメーターには還元されず…業界の課題とNFTが拓く可能性

マグミクス / 2022年6月28日 11時50分

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■馴染みのキャラ絵、いくら支払われている?

 アニメーターの労働環境問題、特に賃金問題は解決されることなく何十年も議論され続けている。昨今では社会問題としてTV番組の特集で取り沙汰され、政治的議題に据えられる機会も増えてきた。

 そんななか、当事者である「作り手」たちは実態をどう捉え、改善に向けてどう動いているのだろうか。アニメ産業に深く関わる関係者らに実態についてインタビューを行い、新人育成や状況打破に向けた最新事例「NFTオークション」についてうかがった。
(取材・文=いしじまえいわ、編集=沖本茂義)

「TVシリーズの動画は今、1枚250円程度だと思います」

 そう話すのは『呪術廻戦』総作画監督や『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』キャラクターデザインなど、人気アニメの中核を担う実力派アニメーター・西位輝実氏だ。

『呪術廻戦』「幼魚と逆罰編」新ビジュアル (C)芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

 アニメーターの賃金はそれを何枚描いたかで決まる。新人がまず担当する「動画」の多くの場合は出来高制であり、手がけた作品がどれだけヒットしても単価数百円以上の報酬が支払われることは基本的にない。

 昨今のアニメでは、線が多く緻密な作画が求められるケースが増えている。作風にもよるが、総じて線が少なかった時代のアニメに比べ、動画に要する労力は増大しているのだ。

 もちろん、実力やキャリアを積めば、西位氏のように「作画監督」と呼ばれるより収入が高い役職に就ける可能性も出てくるし、キービジュアルといった「作品の顔」とも呼べる絵を描く機会にも恵まれる。

 しかし、それでもまだ苦しい現実がある。

「登場キャラクターを描いたキービジュアルも、線画だけだと6万円くらい、交渉して上げてもらってようやく7,8万円くらいでしょうか。10年前は10万円くらいでしたし、私の上の世代の方はもっともらっていたそうですが……キービジュアルやパッケージなどのグラフィックデザイナーさんの方が(ギャランティが)多いのが普通ですね」

 西位氏のような中核クリエイターによるキービジュアルに支払われる金額としては、6万円というのはショッキングな数字だ。「(キービジュアルのギャランティが)今以下になると、キービジュアルは時間もかかるし、断って違う仕事を入れたいです」と西位氏は言うが、確かにアニメ―ション制作現場の待遇問題は深刻なようだ。

●アニメーターの会社員化によるメリットとデメリット

 新人アニメーターの仕事は、低単価で出来高制であるため、少しでも数多く動画の枚数を手掛けることが必要となる。しかし、数をこなすことに終始していては自身のスキルアップのために勉強をするような時間的余裕は持ちようがない。若手が育たなければ、業界の未来が厳しいものになることは避けられないだろう。

「最近はデジタル作画環境を自宅に整えて、リモートで仕事をする人も増えました。それ自体はいいのですが、若いうちから他人と接することなく仕事をしていると技術的に伸び悩むケースも多いようです。私が若い頃はスタジオでの仕事が基本で、先輩の仕事に刺激を受けたり、貴重な資料を先輩に借りてコピーさせてもらったりしていました。スキルアップするには良い環境だったと思います」

『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』(C) LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社・ジョジョの奇妙な冒険DU製作委員会

 新人アニメーターの境遇が様々な面で変化する一方で、アニメーターを正社員として雇用する制作会社が徐々に増えているという。働き方改革の推進や人材の囲い込みなど企業側の目的は様々だが、正社員雇用は安定した収入や福利厚生などワークライフバランスを重視する若手のニーズと合致している。一見双方にとって良いことのように思えるが、これが成功するかどうかは「未知数だ」と西位氏は言う。

●中国黒船来航でアニメ業界は救われるか?

 アニメーターの低賃金問題については、アニメーションの制作予算そのものが少ないことを指摘する声も多い。そんななかで注目されるのは、近年存在感を増す中国企業の存在だ。

 2016年頃、中国企業が日本のアニメの製作委員会に積極的に出資し、自ら企画・製作して日本の制作スタジオに発注をする、もしくは日本に子会社を設立して制作を手掛けるといったケースが目立った。現在でも実は中国資本が入った日本産アニメは多数ある。海外の潤沢な資金は日本のアニメーターの待遇改善に寄与したのだろうか。

 西位氏は「制作費が増え、一時的にクリエイターに還元されることはあった」としつつも、総じて持続的なものではなく、現場の改善には至っていないという。

「中国企業は日本のアニメ業界の商習慣にこだわりませんから、日本の業界人から見ればずさんと思えるような計画で制作を開始し、ダメだと判断したら制作途中でも遠慮なくプロジェクトを打ち切ります。中国資本を頼りに制作をはじめ、結局完成しなかった作品の数はかなりのものになると思います」

 やはり他人頼りでは状況の改善はできないと考えた方がよさそうだ。

■業界の未来を拓く一手は?

西位氏によるアニメーター業界読本「アニメーターの仕事がわかる本」(玄光社)

 先が見えないアニメ業界の待遇改善に対し、当事者である作り手として出来ることはあるのだろうか。西位氏は「アニメーター」という仕事の解説書を出したり確定申告の説明会を行ったりするなど、様々な形で環境改善に取り組んでいる。さらにこの夏にはフリーランスアニメーター志望者を対象とした「私塾」を開設する予定だ。

「若手や業界志望者を対象に、3か月間で線の練習やタップ割り(記者注:絵と絵の間を補完する絵を描くことで動きや変化を表現するための動画の基礎技術)など、会社に入った際に研修で習うこと、あとは勉強の仕方などをレクチャーをする予定です」

 日々の仕事で多忙を極めるなか、なぜ西位氏は私塾を開くのか。背景は、業界全体の若手アニメーター不足による、中堅アニメーターへの業務集中だ。

「業務パートナーとして信頼できるレベルの若手を自分で育てれば、私自身が楽になりますから」

●NFTがクリエイターにもたらす可能性

 一方、西位氏とは全く異なるアプローチでクリエイターの賃金問題に取り組む人物がいる。サンライズ(現バンダイナムコフィルムワークス)やA-1 Pictures、アニプレックスなどの大手アニメーション制作会社、パッケージメーカーの役員や代表取締役を歴任し、『機動戦士ガンダム』『シティーハンター』『ソードアート・オンライン』などのヒット作を世に送り出した業界を代表するアニメプロデューサーのひとり、植田益朗氏だ。

 植田氏は現在、三井不動産の80周年記念事業「未来特区」プロジェクトにおける、「クリエイター特区」のキュレーターとしてアニメやゲーム関連のアーティストらによるアート作品のオンライン展示と、NFTを介したオークション販売プロジェクトに取り組んでいる。

 本プロジェクトでは『マクロスシリーズ』の美樹本晴彦氏や『宇宙戦艦ヤマト』の加藤直之氏、『交響詩篇エウレカセブン』の吉田健一氏など、植田氏の呼びかけで集まったアーティスト10名が描きおろしデジタルアートを発表。6月18日に世界最大のNFT売買プラットフォーム「OpenSea」にてオークションの入札受付が始まった。

 これはデジタル分野や海外に向けて販路を増やすことで、「クリエイターの収益源の多角化」を目指す試みだ。

OpenSeanより美樹本晴彦氏「無限通学路」詳細ページ(2022年6月27日12時アクセス)

「NFTによるデジタルアートのオンライン販売によってクリエイターが世界中のアニメファンから直接的に収益を得られるようになります。さらに、作品が転売される度にクリエイターに還元される仕組みにもなっています」

 たとえば、現在アニメの原画やセル画などアニメ関連の作品が国内外の好事家の間で売買されているが、いくらで売買されても作り手の収益になることはない。しかしNFTを用いた場合、作品の生産者情報は作品データから消えることはなく、売買される毎に一定の金額がクリエイターに還元されることになる。これによってクリエイターには継続的に収益を得られる可能性が生まれる。

天神英貴氏による『王立宇宙軍 オネアミスの翼』新規描き下ろしデジタルアート

 果たしてNFTがクリエイターの賃金問題にどれだけ恩恵をもたらすのだろうか。

「当然ですが、NFTだけがクリエイターの賃金問題の解決策になるわけではなく、可能性のひとつに過ぎません。ですがアニメーターを支えるアニメ業界関係者は新たな技術に尻込みせず、チャレンジは絶えず行うべきだと私は考えます」

OpenSeanより森本晃司氏「live something over that gleam」詳細ページ(2022年6月27日22時アクセス)

 導入の煩雑さやセキュリティなどに課題があるとしつつも、植田氏はNFTを用いてクリエイターが個人レベルで作品を発表することにさらなる可能性を見出しているという。

「ファンとクリエイターがNFTを介してつながることでコミュニティや新たな作品を作る機会が生まれる可能性があります。そういった新たな価値に付いてくる形で、賃金に端を発する労働環境問題の解決も実現していくのではないでしょうか」

イラスト:西位輝実

●「『人間』だと思ってほしい」クリエイターの切なる声

 西位氏や植田氏など業界関係者らが課題解決に取り組む一方で、ファンや受け手の側にできることはないだろうか。この問いに対し西位氏は「私たちを『人間』だと思ってほしい」という印象的なコメントをしている。

「業界の環境改善は政治や社会の問題と切り離せません。たとえば来年施行予定のインボイス制度はフリーランスのアニメスタッフにとっては死活問題です。私も折に触れて業界の問題には声を上げているのですが、そういった際に『そんな話はしてほしくなかった』『好きでやってるんだから黙ってアニメだけ作ってろ』といった発言を向けられることがあります」

 クリエイターをどこか特殊な存在として見る傾向は多くの人が有すると思われるが、それこそが当事者による問題解決を遠ざけている面があるという。まずはそうしたバイアスをなくすことが業界改善の最初の一歩のようである。

西位輝実

西位 輝実/にしい てるみ
アニメーター、キャラクターデザイナー。 スタジオコクピット在籍後、フリーアニメーターとして活躍。 『輪るピングドラム』、『ジョジョの奇妙な冒険ダイヤモンドは砕けない』、Netflix『聖闘士星矢 KNIGHTS OF THE ZODIAC』キャラクターデザイン、『呪術廻戦』総作監を担当。 オリジナルコミック『ウロボロスの冠』配信中。

植田益朗

植田益朗/うえだますお
株式会社スカイフォール代表取締役/プロデューサー。
1979年(株)日本サンライズ(現(株)サンライズ)入社。TV『機動戦士ガンダム』の制作に参加。1983年劇場版『機動戦士ガンダムIII』初プロデュース。以後TV『銀河漂流バイファム』、『シティーハンター』シリーズなどをプロデュース。1993年サンライズ常務取締役就任。2000年[ガンダム20周年事業]完遂後サンライズを退社。フリープロデューサーとして『犬夜叉』シリーズに携わる。2003年SMEグループ(株)アニプレックス制作本部長、執行役員。2005年執行役員常務就任。2010年6月アニプレックス子会社アニメスタジオ(株)A-1Pictures代表取締役社長就任。2014年(株)アニプレックス執行役員社長就任。2016年7月(株)ソニー・ミュージックエンタテインメント常勤顧問就任。2018年4月より現職。2019年春「シド・ミード展」企画・プロデュース。
2003年~04年、デジタルハリウッド大学院 教授として「アニメコンテンツマネージメント論」を教示。
2008年~2009年 外務省 文化交流課 アニメ文化交流有識者会議委員。2011年より日本動画協会理事としてアニメ文化及び産業振興を推進。2015年よりアニメ文化プログラム・日本のアニメーション100周年プロジェクト―「アニメNEXT100」統括委員。

(いしじまえいわ)

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