米国のWHO脱退表明 資金面や活動への影響は大きい 志あるプロフェッショナルたちの合理的行動に期待【前編】
まいどなニュース / 2025年2月4日 19時0分
米国トランプ大統領が、新たな大統領令や人事等を発表し、米国内はもちろん、国際情勢や世界貿易、地球環境問題等々、影響は多岐に渡る可能性があります。今回は「WHO脱退の意向表明」について考えてみます。
もし米国がWHOを脱退したら、日本を含めた世界の人々の生命健康に影響を与え得ますが、国連機関の実態があまり知られていないこともあり、メディアの報道でも不正確なものが散見されます。WHOを舞台として外交官をしていた経験を踏まえて、深掘りしてみたいと思います。
〈ポイント〉
【前編】
・脱退表明の背景と現状
・米国が脱退した場合の影響
(1)資金面への影響
(2)活動への影響
(3)感染症対応への影響
・プロフェッショナルたちの合理的行動に期待
【後編】
・WHOへの批判
・国連機関にしか、できないことがある
・国連機関の政策は、全加盟国の協議で決まる
・「自国の利益」と「国際協調」のバランス
・ストーリーを作らない、踊らされない
脱退表明の背景と現状
2025年1月20日にトランプ氏が署名した大統領令では、脱退の理由として、WHOが「新型コロナパンデミックへの対応を誤った」、「加盟国による不適切な政治的影響からの独立性を示せていない」、「他国の分担金と比べ、はるかに重い不当な負担を米国に要求し続けている」ことなどを挙げています。
さらに1月25日、トランプ大統領は、WHOからの脱退について「拠出額を大幅に引き下げられるのであれば、再加盟を検討する可能性」について言及しました。
「南米コロンビアへの関税引き上げ問題」等でも見られましたが、「過激な条件を出して、相手に譲歩を迫る、トランプ流“ディール”のひとつになっている」といえるのかもしれません。
米国が脱退した場合の影響
(1)WHOの資金面への影響
国連機関の資金調達には、
①支払い能力等に応じて加盟国が負担することが義務付けられている分担金と、
②政策上の必要に応じて、各国や各団体が自発的に支払う任意の拠出金
とがあり、米国は、①②どちらについても、WHOへの最大の資金拠出者であり、合計で年間予算の約11%を拠出しています。(2025-27年予算)
具体的な数字を見ると、①の分担金と②の任意拠出金を合わせた、合計の資金拠出額の上位10者は、米国7.7億ドル、ゲイツ財団7.3億ドル、GAVIアライアンス(低所得国のワクチン接種率向上を目的とした官民連携パートナーシップ)4.7億ドル、EC(EUの行政執行機関)3.9億ドル、ドイツ3.2憶ドル、世界銀行2.4憶ドル、英国2.1憶ドル、中国2.0憶ドル、ロータリー財団1.8憶ドル、日本1.5億ドル。総額は68.3憶ドルとなっています。
また、①の義務的分担金の加盟国の上位10か国(2025-27年)は、以下のようになっています。
米国22.0%、中国20.0%、日本6.9%、ドイツ5.7%、英国4.0%、フランス3.9%、イタリア2.8%、カナダ2.5%、韓国2.3%、ロシア2.1%
この分担金の拠出率を根拠に、「米国が脱退したら、中国の影響力が増す」という指摘がありますが、WHOの予算は、①の義務的分担金よりも②の任意拠出金の割合が格段に高く(全体の約8割)、両方を合わせた全体の拠出額順位(ひとつ上のグラフ)では、中国は3%で8位ですので、そう単純な話でもないだろうと思います。
いずれにしても、最大の資金拠出者である米国が脱退することになれば、大幅な減収は避けられず、他国や団体がカヴァーしたり、WHOの活動内容が制約を受けたりする、といった影響は避けられないと思います。
なお、トランプ大統領が問題にしている「重い資金拠出負担」に関し、一点申し上げれば、いわゆる国連機関の「アンダーレプ問題」といわれる「資金拠出額に比して、当該機関における影響力や自国職員の数等が少ないこと)は、日本も相当残念な状況にあります。
(2)WHOの活動への影響
米国が脱退することで起こる上記の資金減は、WHOの様々な活動に支障をもたらす可能性があります。
WHOはグローバルヘルスにおける国連の専門機関で、加盟国(現在194か国と2つの準加盟地域)の協議により、様々な国際ルールを決定履行するとともに、他の国連機関や民間団体と連携し、途上国や紛争地域における医療保健活動等、地域オフィスをベースに、現地でプロジェクトを実行しています。
WHOの所掌分野は多岐に渡り、生活習慣病、精神保健、母子保健、ワクチン・医薬品、予防と治療、気候変動や移民、煙草政策、ポリオ撲滅活動等々に関して、「研究・情報提供」「ガイドラインの策定」「政策アドバイス」「技術支援・協力」「疾病予防・管理」「緊急事態対応」などを行っています。
「国連機関」だからこそ、世界中の情報を集められ、紛争地域や外交的に難しい地域での活動も行えます。
テドロスWHO事務局長は、1月23日、職員宛メールにおいて、米国脱退となれば「WHOの財政状況はきわめて厳しいものになった」、「限られたリソースの中で、どの活動を優先すべきか検討を進めている」「経費削減や効率性の向上が必要で、最も重要な分野を除いて職員の採用を凍結し、出張経費を大幅に削減する」「特別な事情がない限り、会議はオンラインで行い、加盟国への技術的な支援は、最も重要なものに限定する」と説明したとのことです。
また、先進各国は、WHO等の国連機関を通じてだけでなく、独自に、保健、食糧、人道支援等の観点から、途上国や紛争地域等へ、多額の援助を継続的に行ってきており、こうした活動にブレーキがかかることも懸念されます。
例えば、「米大統領エイズ救済緊急計画」(2003年にブッシュ大統領(子)によって設立された国際的なHIV/エイズ対策プログラム。年間6~70億ドル規模)は、これまで50カ国超で20年以上、2600万人の感染者の命を救ってきたとされていますが、トランプ大統領は、今回これを停止すると報じられており、患者の病状や死亡のリスク増大、感染予防の低減等が懸念されます。
(3)感染症対応への影響
新型コロナパンデミックの記憶が新しいと思いますが、世界的な感染症の流行時、WHOは、感染動向の監視や分析に基づく対応、情報提供やアドバイス、薬やワクチンの研究開発製造や平等なアクセスの推進、治療薬に関する国際共同治験のアレンジといった役割を果たします。
ウイルスに国境はなく、仮に米国が、自国での感染症発生情報や、開発したワクチンを出さない、感染対策を緩める、あるいは、WHOが米国の最新研究等と連繋できないといったことになれば、その影響は世界中に及びます。
新型コロナでは、米国をはじめとする先端研究を行う研究機関や製薬会社が、世界に先駆けてワクチンを開発し、それが、日本を含め世界各国に提供されましたし、米国CDC(疾病予防管理センター)の見解や対応は、日本国内でも、よく報道されていました。
本年5月のWHO総会で「パンデミック条約」の議論が引き続き行われる予定です。この条約は、新型コロナの教訓を踏まえ、国際的な感染症拡大の備え・対応といった観点から、各国の保健システムの強化やパンデミックに関連したワクチン等へのアクセス促進といった内容が含まれています。
私がWHOにいた当時(2007~)から、新型インフルエンザH5N1等の流行を契機に、この新たな枠組みを巡る議論が開始され、先進国と途上国の間で、激しい意見対立がありました。途上国は「自国で発生した感染症のウイルスサンプルを提供しても、それを基に利益を上げ、恩恵を被るのは、先進国の会社や国民ばかりで、不平等だ」、先進国は「技術発展は、長い研究や投資等の結果であり、知的財産権で保護されるべきものだ」といった主張でした。
長い議論の末、ようやくできあがったこの枠組みについて、仮にこれで合意ができたとしても、世界の主要な製薬関連企業を有する米国が参加しないのであれば、実効性に疑問が出てきます。
感染症が発生した際の報告や対策などを規定する国際保健規則(IHR)も、脱退した場合には適用されないことになります。
世界各地で、新興感染症は途切れることなく発生し続けており、例えば米国でも、先月、鳥インフルエンザウイルスH5N1に感染したヒトの死亡例が初めて確認されました。(ただし、ヒトからヒトへの感染は確認されておらず、米国CDCは、「一般の人に対するリスクは引き続き低い」としています。)
脱退した場合に、こうした感染症の情報が、これまで通り、迅速適切にWHOに報告されるのか、不安視する声もあります。感染症対応には、地域内や特定の国同士だけでなく、全世界レベルでの情報提供や調整が必要になります。
プロフェッショナルたちの合理的行動に期待
しかし私は、こうしたことについては、そこまで極端なことには、おそらくならないのではないかと思っています。これまで、米国CDCや研究機関、団体等は、WHOと密に連携してきており、米国が脱退したからといって、そうした連携をやめるとは思えません。
彼らも、世界各地からWHOに集約される情報を必要としていますし、また、WHOも世界も、彼らの先端研究や技術を必要としています。(WHO自体は研究機関ではありませんので、各国の大学院や研究機関の成果無しに、適切な分析・判断を行い、政策を前に進めることはできません。)
そして、WHOには幹部含め米国人の職員が大勢おり、(政府派遣等の場合を除けば)彼らはあくまでも、WHOに雇用されている職員で、どの国の職員も、母国の政府や研究機関等と様々に連携しています。彼等は自身のキャリア形成を積んできており、米国が脱退したらWHOを辞める、あるいは、米国各所との連携も切れる、という話にはならないと思います。
また、今回本当に米国が脱退したとしても、次に政権が(特に民主党に)変われば、再度加盟することになる可能性も大きく、そうした展開も見据える必要があります。
たしかに、米国政府自体ではなく、CDCや研究機関、企業等との自発的なやり取りという形になるとすれば、スピードや効率性が減じるおそれはありますが、いずれにしても、米国民の生命安全を守るためにも、そして、世界の人々のためにも、米国政府内部や各機関のプロフェッショナルたちは、合理的な行動をするだろうと思います。
――――――――――――――――
次回は、WHOへの批判と対応、国際協調のシステムそのものへの影響などについて、考えたいと思います。
――――――――――――――――――
<参考>
・WHO予算
https://www.who.int/about/funding/contributors
https://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/EB156/B156_26Rev1-en.pdf
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。
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