「今自分にできることは何か」 阪神大震災30年、遺族のことば
毎日新聞 / 2025年1月17日 5時57分
遺族代表・長谷川元気さん 追悼のことば(全文)
阪神・淡路大震災が発生した30年前の今日、私は小学校2年生でした。その当時、古い木造2階建てのアパートの1階の部屋に、父と母、年子の弟の陽平、1歳半の弟の翔人、そして私の、家族5人で住んでいました。震災が発生し、アパートの2階部分が1階に落ちてきて、1階の部屋は押しつぶされました。父と陽平と私は、押しつぶされた家の隙間(すきま)にいて奇跡的に助かりましたが、母と翔人は、大きな洋服ダンスの下敷きになり、亡くなりました。
母は、保育園の先生だったこともあり子どもと遊ぶのが上手でした。私だけでなく近所の子どもたちも巻き込んで、おにごっこやかくれんぼをして一緒に遊んでくれました。温かく、活気に満ちあふれた人でした。
弟の翔人とは、よく、電車ごっこやサッカーをして遊びました。サッカーボールを転がすと「バン!」と音がなるくらい勢いよく蹴り返してきました。将来は、きっと立派なサッカー選手になれる、自慢の弟でした。
そんな母と翔人が亡くなったと知ったとき、私はとても後悔しました。「どうして、もっと母を優しく、いたわることができなかったのだろう。どうして、もっと翔人と一緒に遊んであげられなかったのだろう。もっと、母と翔人の笑顔が見たかった。もっと、母と翔人と一緒にいたかった」。そのとき、私は初めて知りました。今、自分の周りにいてくれている大切な人は、いて当たり前じゃない。一瞬にしていなくなってしまうこともあるのだ、ということを。
家族や親戚、友達といった、自分の周りにいる人の有難さ。そして、日常の有難さを身をもって知りました。
「後悔のないよう、1日1日を大切に生きよう。自分を支えてくれている周りの人に目を向け、感謝の気持ちを伝えよう」
このことを胸に刻み、この30年間、生きてきました。
父は、震災25年目に、関西テレビの取材で「奥さんと子どもを失ってつらいはずなのに、めげずに子どもたちを育てられたのはどうしてですか」と聞かれたとき、こう答えました。
「それは、2人の子どもたちが生きていてくれたからです。この子たちをなんとか立派に育てなあかんと、必死でした。もし、2人も亡くなって私1人になっていたら、何もできなかったでしょうね」
父は、震災後に建てた自宅の1室を教室にし、学習塾を経営しながら、その傍らで料理や洗濯などの家事をして私と弟を育ててくれました。そのおかげで、今の私があります。本当に感謝しています。
年子の弟の陽平は、好きな漫画のことを語り合ったり、カードゲームをして遊んだりできる、唯一無二の親友のような存在です。陽平のおかげで、震災後も毎日を楽しく過ごせました。ありがとう。
私は「自分の周りにいる人の大切さ」や「日常の有り難さ」など、震災から得た教訓をより多くの方々に伝えたいと思い、「語り部KOBE1995」に加入し、現在はグループの代表として、語り部活動を行っています。
震災から30年がたち、神戸に住む半数以上の方が「震災を知らない世代」になったと聞きます。これから、ますます震災の記憶が風化し、いざ大地震が起こったときに、その教訓が生かされなくなる恐れがあります。それを防ぐためには、震災遺構や、震災の記録を残して後世に引き継ぐこととともに、災害を受けた人々の気持ちや教訓を語り継ぐことも大切だと思います。私の母と弟の翔人は、タンスの下敷きになって亡くなりました。家具の固定をしっかりしていれば、命は助かったかもしれません。また、震災後すぐは食べ物や飲み物がなく、何も食べられない日がありました。避難リュックを用意していれば、困らずに済んだかもしれません。
語り部の生の話を聞くことで、災害を「自分事として捉える」こと。そして「今自分にできることは何か」を考える、つまりは「防災・減災のスタートラインに立つ」ことが大切だと思います。
ここ神戸に住む震災を知らない世代だけでなく、より多くの方々に防災・減災のスタートラインに立ってもらえるよう、これからも震災から得た教訓を、語り継いでいきます。
令和7年(2025年)1月17日 長谷川元気
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