吉川明日論の半導体放談 第299回 オレオレ詐欺を行動経済学的に解剖する
マイナビニュース / 2024年4月24日 8時35分
こうしたことを考えると、私が関わった半導体ビジネスでの顧客との毎期の価格交渉はまさに心理戦そのものだったような気がする。半導体の価格を決定づける要因は、生産プロセスの熟度につれて歩留まりが向上し低価格化を可能とする「習熟曲線」や、需給バランス、競合製品とのベンチマークにより決定されるコスト/パフォーマンス、などの客観的なデータによる固定要因の部分が大きいのは確かだが、最終的に顧客から注文書を獲得するまでには、大きなストレスを要求される心理戦の部分が多くあるのも確かである。
工場のキャパシティーをきっちり埋めることが半導体ビジネスでの最重要課題であるが、最終的にそのキャパシティーに売り手と買い手が契約でコミットする「注文書」に至るまでには、お互いの事情を探り合う心理戦の繰り返しとなる。
「四半期前半に獲得する1万個の注文書と四半期最終週に獲得する2万個の注文書」という選択があった場合、半導体の営業員は躊躇なく前者を選ぶ。これには経済効果の相対的判断において、その効果の大きさを近くにあるほど大きく感じ、遠いほど小さく感じる「時間的選好」が働き、近くの効果を過大評価する「現在バイアス」の状態にある、というのが行動経済的な説明となるが、半導体の営業の世界ではもっと厳しい現実が待ち構えている。期末が迫って、売り上げが不足してくると「前回の10%割引であと1万個売ってこい!」といったような指令が飛んでくるのが常である。逆の場合もある。百戦錬磨の半導体営業部員は、本来単価100ドルで1万個売れる案件がある場合、購買部相手には期末まで意図的に110ドルで見積もりする。しかし購買部側は100ドルで買うという姿勢を崩さない、そこで営業部は期末の最終週になって「購買さんには負けました、10ドル割り引いて100ドルにいたしましょう。ただし1万5000個買ってください」という具合に話を持っていくと丸く収まる。これには最終的な意思決定の場で相手の背中をそれとなく押すという効果を持つ「ナッジ」という行動経済学での考えが当てはまる。
もっとも、こうした議論は現在のNVIDIAの状態のように供給が圧倒的にタイトで、交渉するごとに値段が上がっていくような特殊な状態では当てはまらないが、そういう状態は非常にまれなケースだ。
行動経済学的生活スタイル
カーネマンらが提唱した行動経済学の歴史はほんの50年くらいであるが、現在では多分にマーケティングの手法に取り入れられているという印象がある。しかし、自身の日々での活動について行動経済学的に考える行為は、結局は自身の行動を客観的に分析することができ、無駄遣いを減らすとか、納得の買い物にはより満足が得られるといったプラスの面が多くあるのは確かだ。カーネマンらの研究結果は経済学やマーケティングへの応用だけにはとどまらない。我々はこの3-4年、コロナ禍という大変にストレスの大きい時代を過ごすことになったが、人と人の間隔を充分に取るという必要性から考えられた、スーパーなどでレジの前に引いてある導線はカーネマンらが考えた「ナッジ」の行政での応用であるというのはよく知られた話である。
吉川明日論 よしかわあすろん 1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を機に引退を決意し、一線から退いた。 この著者の記事一覧はこちら
(吉川明日論)
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